信頼と確信と希望と
「どうやら、商人に扮した間者や斥候ではなさそうだ。みよ」
俊冬が上半身をおこし、ぬかるみを指さす。
女児の叔父と相棒とともに、その指さすさきをみるも、ただのぬかるんだ土にしかみえない。
「軍靴のあとだ」
「はあ?」
疑うわけではないが、どこをどうみたらこのぬかるんだ土にその跡をみることができるというのか?
「ざっと十人ちかくはおりますな。それと、ちいさな草履のあとが・・・。あとずさり、そこで消えております」
俊春は、ある一点を指さした。だが、そこもやはりただのぬかるみにしかみえない。
おいおい、俊春。どんな瞳をしていたら、そんなことまでよみとれるんだ?
「ちっ・・・。われらとしたことが・・・。軍人の集団に気がつかなかったとは・・・」
俊冬の口惜し気なつぶやき。
いや。そこ、口惜しがる以前の問題だろう?だいたい、気づくほうがおかしいはず。
「ぽち、おまえの鼻もあてにならぬな。これしきの雨で、銃のにおいに気がつけぬとは・・・。よもや、鼻までつかえぬと申すなよ」
「なんと・・・。それを申すなら、たま。耳朶がきこえているあなたも、同罪ではありませぬか」
「弟のくせに生意気な」
「兄だからとて、傲慢すぎますぞ」
いや、そこ。超人レベルの責任のなすりつけあいは、やめていただきたい。
「おそらく、みてはならぬものをみてしまい、捕まったのであろう」
とつじょ、名探偵のごとく推理をおったてる俊冬。
「軍人ってことは、敵にってことですか、たま?」
「いいや・・・。味方、というよりかは幕府側の兵であろうな」
「ええっ?」
俊冬は女児の叔父に副長への伝言を頼み、双子はそのまま火薬のにおいを追うという。
「おぬしは、兼定とここでまて。みつけたら、兼定にわかるよう合図を送る。副長に事情を説明し、兼定のあとを追ってまいるのだ。いいな」
「お二人で大丈夫なんですか、たま?ああ、いまのは愚問でしたね」
「兼定、頼むぞ。ゆくぞ、ぽち」
相棒は、任せておけとでもいうように、ぬかるみのなかで尻尾をふる。
うう、毛皮が泥だらけだぞ、相棒・・・。
そして、双子は林のなかへと消えた。
「主計」
女児の叔父の案内で、副長や斎藤たちがやってきたのは、双子を見送ってから15分か20分ほどである。
蟻通や島田、中島らもいる。ほかに、隊士が数名。女児の両親もいる。
あらためて、双子の現場検証にもとづく推測を伝えた。
「島田、川のほうで捜索している村人に、家に戻って家の外にでねぇよう伝えてくれ。登。おめぇは、隊士をまとめ、いつでも出動できるよう待機だ。局長にもその旨伝えておいてくれ」
副長は、双子の推測になんの疑いも抱いていないようである。
「承知」
そして、命じられた島田や中島も・・・。二人は了承すると、川のほうへと駆け去っていった。
「娘は、大丈夫でしょうか?」
女児の父親と母親は、蓑も笠もつけずに一心不乱に探していたのである。父親は、いまにも倒れそうな母親を両掌で支えつつ副長に尋ねた。
さぞかし不安だろうと思う。
「正直、わからねぇ。だが、あいつらが助けにいったんだ。無事にきまってる」
副長は指で笠をわずかにあげ、林のなかをじっとみつめている。
その場しのぎのごまかしや楽観的なことは、けっしていえない。もしかすると、姿をみられたからと林のなかで殺ったかもしれない。
軍人で、その数が十人ほどだということしかわからないのである。どこの軍人で、なにゆえこのあたりにしばらく潜んでいるのか・・・。
情報がなにもない以上、へたに希望をもたせるべきではない。
「向かった二人は、兎に角すごいのです。大丈夫。お嬢さんは、きっと無事に、あなた方のもとへかえってきます」
だが、おれまでそんなことを口走っていた。
なにゆえかはわからない。双子なら、ぜったいにどうにかしてくれる。いかなる相手であろうと、どんな状況であろうと、女児を無事に救いだしてくれる。
根拠のない確信から、そんなことをいってしまっている。
「飴細工の職人さんですよね?娘は、猫をつくってもらったと大喜びしておりました。なめずに飾っておくのだと」
母親は、泣きながらそう語ってくれた。
大丈夫。ぜったいに・・・。
そのとき、相棒が立ち上がった。両方の耳が、ぴくぴく動いている。
「合図のようです。相棒、おれたちを連れていってくれ。ゆけ」
相棒は、指示と同時にダッシュした。リードがわりの綱が、ぴんとはられる。
人間も、駆けだした。
双子は、どうやって相棒に合図を送っているのか。俊冬に告げられたときには、遠吠えでもするのかと思っていた。
どんな人間の形態模写のできる二人である。動物の鳴き声だっておてのものだろう。
だが、いかなる音もききとれない。雨音にかき消されているとも思えない。
まさか霊媒師のごとく、念力や波動を送っているとか?双子なら、ありかも。
大学時代の女友達が、占い好きが高じてそういうスピリチュアル系の占い師の学校に通いはじめた。その授業料はけっして安いものではなく、まわりの者は「大丈夫なのか」とか「だまされてるんじゃないのか」と噂していた。学校を卒業するあたりから、水晶とかアクアマリンとか、そういう石の販売をはじめた。そして、学校を卒業するとその占い師の下で対面やNET、電話で相談を受けるようになった。
なにかの機会に会ったとき、かのじょは元気のない者に、「元気玉を送ってあげる」と、気か念かはわからないが送っていた。
そう、まさしく「ドラ◯ンボール」の元気玉のごとく。
そして、大学の授業中、ずっと指を奇妙な形に曲げてチャクラを練っていた。
そう、まさしく「ナ◯ト」の修行のごとく。
心底驚いたものだ。まさしくここに、「ジ◯ンプ」の世界があると。
かのじょは今頃、現代で世の悩める人々の悩みをきき、いいことばかりを伝えて元気玉やらチャクラをつかい、おおくの人々を幸せにしているにちがいない。