局長の厳命
「局長であることが。否、新撰組のお飾りであることが・・・。なにもかも、つかれてしまった。どう思われようと、もはやかまわぬ。いまの世や後の世の人々より、どう思われようがののしられようが、わたしにとってはどうでもいい。わたしには、もはや夢も気力も残っていないのだから。なにより、生きようという望みもないのだから」
これで、おれたちが愛想をつかすとでも思っているのだろうか。おれたちが、「だったら勝手にしろ」、とつきはなすとでも考えているのだろうか。
だったら、なにゆえその瞳に、活力がみなぎっているのです?死んだ魚みたいな瞳じゃないのです、局長?
そのとき、俊冬がアクションをおこしかけようと・・・。
「俊冬、やめよ。いまのわたしにはきかぬ」
局長の謎制止に、謎忠告。俊冬のポーカーフェイスに、かすかに驚きがにじむ。それは、隣に座す俊春も同様である。
斎藤も、局長の言葉の意味をはかりかねたらしい。おれへ視線を向けてくる。とはいえ、おれにもわからない。思わず、両肩をすくめてしまう。
「俊冬、俊春。なにも申さず、わたしの話をきけ。斎藤君、主計。おまえたちもだ。今後、わたしのことはほおっておいてくれ。これは、頼んでいるわけではない。命じているのだ。それと、いま一つ命じることがある。四人とも、今後、なにがあろうとも、歳から命じられぬかぎり、歳の側にいてかれを助けるのだ。いま一度申す。これら二つの命を、局長として厳命する」
厳しい声である。おれもふくめ、だれもなにも返しようもない。そこまで厳しく命じられたら、反論どころか、いいわけの一つもできるわけもない。
「とはいえ・・・」
そこで、局長の表情も声もぐっとやさしくなる。
「側にいて助けてほしい、という意味をとりちがえるな。身をていしてという意味ではない。ましてや、身代わりになれと申しておるわけではない。俊冬、俊春、よいな」
なんてこと・・・。局長まで、双子をそんなふうに感じているなんて・・・。
「四人とも、命は絶対だ。ゆえに、申す言の葉も一語しかあるまい?いかがいたした。その一語なら、申してよい」
やわらかい声とはいえ、内容はけっこう過激である。
「毎日、深夜まで残業しろ。それが当然だよな。雇ってやってるんだから」
そういってるブラック企業の、ブラック社長もおなじこと。
局長のいう一語とは・・・。
「承知」
だれもが思っていることとは反対のその一語を、口にするしかない。
局長の厳命に異を唱えられるわけもない。それは、新撰組では、「士道不覚悟」に値する。
すなわち、「局中法度」に反するわけである。
切腹を意味する。
局長はこちらへ膝をすすめると、まずは斎藤の肩を「ぱんっ」と音高く叩く。いつもの局長バンバンほどではないにしろ、いまの一撃はかなりきついはず。
斎藤は慣れているのか、眉一つ動かさずに受け止めた。
そして、局長はこちらへ体ごと向き直る。
肩にくる衝撃への心構えを・・・。をした瞬間、おおきな掌が頭を撫でる。子どもを撫でるようなソフトな感じではない。ごりごりといった感じである。
子どもらや相棒は、こんな感じで撫でられているのか?
局長は、つづいてこちらに背を向け、双子へ迫る。
「いい子らだ」
またしても、双子は子どもあつかいされている。それから、おれと同様に頭をごりごり撫でられている。
局長は、それからとっとと部屋をでていってしまった。
「話せてよかった」と、一言残して・・・。
おれたちは廊下を踏み鳴らす音を、ただぼーっときいているしかなかった。
そして、さきほどから感じている気配の主が姿をあらわした。
「くそっ!めずらしく斎藤が感情をあらわに訴えたっつうのにな。それも、響かねぇのか?」
着流し姿の副長は、ぶちぶちとつぶやきつつ部屋に入り、障子を閉めてしまう。
「力およばず、申し訳ございません」
生真面目に謝罪する斎藤。
「なにいってやがる、斎藤。おまえにしちゃぁ上出来だ。あれがおれだったら、即座に変心したろうよ」
副長は、どすんと腰をおろして胡坐をかく。
「くそったれ・・・」
そして、天井のどこかをみあげ、ぽつりともらす。
すべては、その一語に尽きるのであろう。
もちろん、おれたちもおなじ気持ちである。
いやでも無力感が募る。井上のときとおなじように。
「打つ手なし、でしょうか」
斎藤の絶望感を伴う問いが、静まり返った室内を闊歩する。
障子の向こうは、雨のせいで暗い。しとしとと軒を打つ音は、いつもだったら耳に心地いいのだろう。もしかすると、つかれた体に眠気をもよおさせる、催眠効果をもたらすかもしれない。が、いまは、それよりも失意しかない。
相棒は、馬たちと馬小屋をシェアしている。ちがう種の同居人たちは、相棒にうるさく話しかけることもないはず。いや、ホモ・サピエンスもシェアしているんだった。安富は、あれこれ気をつかっているだろう。相棒は、安富のこともお気にらしい。ちやほやしてくれるものだから、機嫌よく安富の馬談義に耳を傾けているだろう。
「すみません。おれも、もっとちがう方法で迫るべきでした」
しばし静寂に身をゆだねてから、謝罪する。
「いや、主計。おまえもよくやってくれたよ。気にするな。ところで、たま。かっちゃんの、『俊冬、やめよ。いまのわたしにはきかぬ』、とはどういう意味だ?」
副長は、神妙に控えている双子に問う。
それは、斎藤とおれも、ぜひともしりたいことである。




