斎藤の大好き宣言
「歳のことだ」
その一語で、三人がはっとしたのが感じられた。もちろん、おれ自身も。
「・・・。副長?副長に、なにかあったのでしょうか?」
斎藤が、不自然に問う。
その問いに、局長は静かにかぶりをふる。
「無論、いまはまだなにもない。まぁしいて申すなら、新八と左之がいなくなって、精神のどこかに穴があいているということか・・・」
おれ自身、永倉と原田が去ってしまったことによるロス感がおおきい。長期放映や連載がつづいているドラマや漫画で、大好きな登場人物が死んでしまった、そんなロス感である。もちろん、二人は生きているが。
副長も?ロス感がぱねぇと?
じつは、副長が寂しがり屋さんだといったのは、だれだったか・・・。
「寂しがり屋のくせに、かれらがいるときはいるときで、強がって「鬱陶しい」だの「むこうへゆけ」だのと申して、喧嘩になっていたものだ」
局長は、笑いながらつづける。
「かれらだけではない。総司や平助も、「邪魔をするな。でてゆけ」とよく怒鳴りちらされていた。もっとも、新八や左之とちがい、総司と平助は、歳をからかいにいっていたのだが・・・。ゆえに、歳の部屋に、自身らの分だけの茶と茶菓子をもってゆき、歳が文をよんだり記したりする横で、茶を呑み、茶菓子を喰っていた。歳は、二人にでてゆけと怒鳴りながらも、内心ではうれしかったにちがいない」
わかるような気がする。永倉や原田、沖田に藤堂。四人は、一人でがんばっている副長に気分転換をさせたかったのだ。そして、副長はその気持ちに気がついていて、照れくささのあまり、かわいくないことを怒鳴ってしまう。
寂しがり屋の副長に、その副長の身を案じる仲間たち・・・。
この絆や想いは、そうそう断ち切れるものでも断ち切られるものでもない。
いい話だと思っていると、双子が同時に視線を廊下のほうへ向け、すぐに局長へと戻すのに気がついた。
それで、おれもその気配に気がつけたのである。
斎藤も気がついたようである。
「兎に角、歳にちかしい者は、おまえたち四人になってしまった。島田君や勘吾もだが・・・。だが、歳のことを心底慕ってくれているのは、おまえたち四人だ。歳が命じぬかぎり、おまえたちが歳のもとから去ってゆくということは、ありえぬであろう?」
局長のいうとおりである。斎藤も双子もおれも、だれよりも副長にぞっこんである。もちろん、BL的な意味ではない。人間として、男としての土方歳三に惚れこんでいる。
この後、斎藤ははなれてしまう。おそらくそれは、副長が大恩ある会津に残り、会津のために働くよう命じるのであろう。斎藤が、会津の間者であることも加味しての命である。
もちろん、いまここで、そのことを局長に告げるつもりはない。
「ゆえに、おまえたちに歳を託したい」
おれもふくめ、だれもがどきりとしたであろう。そうとわからぬよう、息を呑んだであろう。
「局長。おっしゃるとおり、われわれは副長が大好きです」
斎藤、大好きってどういう意味なんだ?そこは、心酔しているとか慕っているとか、そういう表現をするものじゃないのか?
「斎藤君?」
ほら、局長もびっくりしているじゃないか。
「ですが、局長のことも大好きです。好きで好きでたまりませんが、ほんのわずか、副長のほうが好きなのです」
斎藤?このタイミングで、「副長、だーい好き宣言」をするところなのか?それとも、場をなごませようと、いや、笑かそうという気配りってやつなのか?
「斎藤君?ああ、ありがとう」
ほら、局長もひいてるじゃないか。
「そして、主計は、副長より八郎のほうがほんのわずか好きなのです」
「ええっ?斎藤先生、そこ、補足説明いりませんよ」
「そうなのか、主計?利三郎の話では、歳とずいぶんどころか、「超絶ラブラブ」だったときいたが。それと、かれは納戸でみたことを一人芝居してくれた」
「はい?」
現代っ子バイリンガル野村め。局長にまでガセネタを・・・。しかも、局長にまで現代語を駆使して・・・。しかも、局長までそれをつかうなんて・・・。
「たま。局長はいま、「超絶ラブラブ」と申されましたか?」
「ぽち。局長はいま、「主計が副長を押し倒し、その上に馬乗りになって「超絶ラブラブ」することを迫っていた、と申された・・・」
「ちょっ、ちょっとまってください、ぽち。そこだけ、局長の口の形がよみとれなかったってことありますか?なにゆえ、そこだけ確認するんです?それに、たま。話に尾ひれどころか、もはや真実のかけらも残っていませんよ」
ツッコミどころ満載どころか、もはや名誉棄損レベルになってしまっている。
「いやらしい・・・」
「いやらしい・・・」
心底のつぶやきっぽく、斎藤と俊春が同時に発した。
そのとき、局長が笑いだした。それはもう、豪快に。さらには、心の底からおかしそうに。
双子、それから斎藤もそれにつづく。もちろん、おれも。
野村のデマは別にして、こうして笑いあえるのは、ささやかな幸せである。
最近、切に願ってしまう。いじられ、いびられ、いやらしいことをされてもいい。
こうして、みんなの笑顔をみられるのなら・・・。




