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局長がやってきた

「真実はわかりませんが、赤報隊が命令を無視し、勝手な振る舞いをしていたといわれています。ですが、相良のお孫さんが、祖父の名誉を回復します。おれのいたところでは、毎年、慰霊祭がおこなわれ、かれのファン、信奉者というんでしょうか、大勢いますよ。そうそう、草双紙っぽいものでは、かれもかっこよく描かれています。そういえば、その話では、斎藤先生、あなたも超絶かっこよく描かれていますよ」


「るろOに剣心」がまっさきに浮かぶ。もちろん、それ以外でも描かれていたり、演じられている。それは、相良だけでなく、斎藤も同様に。


「すみません、話がそれました。兎に角、横倉という人は、神道無念流や小野派一刀流を学んでいる剣客です」

「それはそうであろうな。処刑の場で、処刑人にかわって仕留めるなどと、そうそうできるものではない。だが、そうも申しておれぬな。香川と横倉か・・・」


 俊冬の不気味なまでのつぶやき。こんなつぶやき、炎上やバズる以前の問題だ。


「あるいておったら、突然、犬にでくわした。その犬は狂犬たぶれいぬで、突如、かみついてしまう。かまれたら、気の毒に。毒が脳にまわって死んでしまう・・・」


 俊冬は、みなの眼前に針をかざす。


「みよ。かような細いものでも、容易に血を流させることができる」


 かれは、四本しか指のない掌を弟へと伸ばすと、耳をつかんでひっぱる。あっと思う間もなく、右の親指と人差し指にはさむ針で、その耳を突くではないか。


 俊春の耳は、みるまに血がぷっくりと盛り上がる。


「な、なんてことを・・・」


 それをみて、昔、自分でピアスの穴をあけようと、専用の穴をあける器具をつかったところ、穴から線がでてきて、それをひっぱったら失明してしまった、という都市伝説を思いだしてしまった。


「ぽち、大丈夫ですか?たま、弟になんてことをするんです。ふつー、自分のをするでしょう?」

「ぽちは犬ゆえ、痛みに強いのだ」

「わたしは犬ゆえ、痛みに強い」


 双子の返事がかぶる。


「いえ、犬だから痛みにどうのこうのって、そんな問題ではないですよね?」


 いつものおちゃらけである。ツッコんでから、思わず笑ってしまった。


「このように、人間ひと生命いのちなど、狂犬たぶれいぬにとってもろいもの」


 笑いがおさまったところで、俊冬と視線があった。そのにたゆたう光をみ、しれず身震いしてしまう。


 それは、残酷なものでも非情なものでもない。


 深い深い悲しみである。

 気のせいだろうか。


 そのとき、俊春が合図を送ってきた。


 だれかがいる、という。いや、具体的には、局長のにおいがするという。


 その合図に気がついたのと、「はいるぞ」という断り。さらには、障子が勢いよく開いたのが同時であった。


 斎藤は、刀の手入れ。双子は、繕い物。それぞれ作業に戻っている。


 が、おれは?なんにもすることがない。ってか、三人みたいにすばやくない。ただ呆然と局長をみあげるしかない。



「局長、いかがされましたか?」

「あ、しまった。お茶をおだしする刻限です、たま」


 俊冬、それから俊春は、しれっとそんなことをいっている。


「斎藤先生もいかがですか?羊羹がまだ残っております」

「うまそうだ、ぽち。なら、頼もうか」


 俊春が立ち上がりつつ問うと、さほどスイーツに興味のない斎藤がのっかった。


「いや、茶はいい。それよりも、話がある。さあ、座ってくれ」


 局長は俊春のゆくてをさえぎり、口の形をおおきくしてそのように伝えた。

 そういわれれば、俊春も従わざるをえぬ。座っていたところへと戻ると、ふたたび正座した。


 話がある・・・。いまのこの一言が、否が応でも緊張を強いる。


 いったい、なんの話なのか・・・。


 局長は、おれの横に胡坐をかいた。


「まずは俊冬、俊春。拙宅に使いにいってもらえぬであろうか?流山へ転陣するまでに、この文を届けてもらいたいのだ」

「局長。局長のお宅まで、さほど遠いわけではござりませぬ。一日二日、ご自宅ですごされてはいかがでしょうか」


 斎藤が提案すると、局長はおおきくて分厚い掌を顔前でひらひらさせた。そのごつい相貌かおには、苦笑が浮かんでいる。


「別れはすでにすませている。江戸からでてゆくということだけ、しらせておきたいのだ」


 局長は、みなに気をつかっているのである。自分だけ、家族に会ったりすごしたりするわけにはゆかぬ。そう思っているのである。


「局長、それでもお嬢様は・・・」

「斎藤君、いいのだ」


 いい募る斎藤に、かぶりをふってみせる局長。斎藤は将来さきをしっているので気を遣っているし、局長は局長でかたくなである。


「局長、承知いたしました。文をお届けいたします」


 みかねた俊冬が、斎藤にさりげなく目配せしつつ応じた。


「すまぬ」


 局長は満足げにうなずくと、双子のそばに積み重ねられている衣服にをとめた。


「わたしの着物と袴も、破れたところをうまく繕ってくれた。礼を申す」


 双子は、同時に軽く頭を下げてその礼に応じた。


「それで、話というのはほかでもない。斎藤君、俊冬、俊春、ついでに主計・・・」

「あ、局長。ついでに、ってひどくありませんか?」


 局長にむかって、ツッコむという暴挙にでてしまった。


 ついに、ついにやってしまった、という感が半端ない。


「すまぬ。つい、いじってしまった」


 照れくさそうに謝罪する局長に、思わず罪悪感を覚えてしまった。


「こちらこそ、申し訳ございません。ついくせで、ツッコんでしまいました」


 なので、謝罪しておく。


 ふと、斎藤と双子に視線をはしらせてしまった。三人とも、緊張というよりかは警戒しているようである。


 かれらは、局長の話とやらをよんでいるのだろうか。



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