殺ったもん勝ち?
「香川敬三をご存知ですか?」
双子に尋ねると、同時にかぶりをふる。
「その香川を、ぽちとたまに殺ってもらうのか?まぁ殺ることじたい簡単だろうが、そうなるといろいろとマズいことになるのではなかろうか?」
斎藤は、新規顧客開拓で1件ゲットするにはどうすればいいのか的に問う。
「おっしゃるとおりです、斎藤先生。それに、斬首派はかれ一人だけではないはずです。かれにどれだけ力があるか・・・。ごり押しするだけの影響力があるようにも思えません。なにより、新撰組だってことがばればれです」
斎藤が作業の掌をとめ、同意するかのように一つうなずく。
が、双子はみじかく笑う。
「副長も斎藤先生も主計も、生真面目でございますな。それに、やさしすぎます。あなた方だけでなく、人斬りと称される者たちも同様。みな、まっすぐすぎます」
俊冬と視線があう。すると、かれはやわらかい笑みを浮かべる。
「わたしもそこに入るとはな、たま」
「斎藤先生。なにも、腕前のことを申しているのではございません。暗殺や闇討ちなどとは申せ、その心構えは武士のもの。斬る相手への敬意をおもちです。それは、「人斬り半次郎ちゃん」もご同様でございます」
俊冬の「人斬り半次郎ちゃん」にぷっとふいてしまう。
大坂でかれらに最後に会ったとき、「人斬り半次郎ちゃん」だけでなく、かれの従弟の別府晋介もいた。兄弟みたいに似ていて、実際、二人は大の仲良しであるという。その別府が、かの「幕末四大人斬り」の筆頭である中村半次郎のことを半次郎ちゃんと呼んでいるのである。それをきいたおれたちは、以降、中村のことを「半次郎ちゃん」と呼んでいる。
「大石や河上玄斎のごとく、人間を斬ったり傷つけたりすることが大好きな輩もまた、誠の暗殺とは申しませぬ。かれらは、ただ相手を殺りたいだけ、血をみ、浴びたいだけの狂人・・・」
俊冬は、言葉をきる。それから、華奢な両肩をすくめる。
「ことが起こってから、殺る?たしかに、それならば新撰組だとバレてしまう。なにゆえ、そこまでまつ必要があるのだ、主計?」
問われ、はっとする。
たしかに、そのとおりである。斬首を主張するのがわかっているのに、局長が出頭するまでまつ必要はない。それどころか、流山にいくまでまつ必要はない。
「人間は、たとえどれだけ平穏でなにもない生活を送っていても、いつなんどきなにがおこるやもしれぬもの」
俊冬は、かぎりなくちいさな声でつづける。それは、まるで呪詛のごとく耳に入り、脳内を犯してゆく。
斎藤も、いまでは完全に作業の掌がとまっている。耳を傾けるというよりかは、体も意識も完全にこちらへ向いている。
「どこかの血管が切れてしまうかもしれぬし、転んで頭をうつやもしれぬ。天からなにかがふってくるやもしれぬ。あゆんでいたら、牛やら馬やら暴走してきてはね飛ばされるやもしれぬし、このご時世、刀を振りかざした武士に斬られたり、軍服姿の兵士に銃で撃たれるやもしれぬ。つまり、息さえしていれば、いつなんどきなにが起こってもおかしくない。そして、それは運が悪かっただけのこと」
「酒を呑んでいたり、ぼーっと陣立てを考えたりしていても、忽然とぽちとたまがあらわれたりもする」
俊冬の補足説明をする俊春。
板垣と大村のことである。
いや、かれらは誠に気の毒である。プライベートタイムを、文字どおり蹂躙されたのである。板垣は明治十五年に岐阜で、大村は来年京で、どちらも襲撃される。だが、その襲撃も双子の不意の訪問にくらべれば、驚きはすくないだろう。たとえ、その襲撃で死にそうになっても。あるいは、死ぬことになったとしても。
どちらも、その噂や情報を、ちらりとでも耳にするであろう。心か脳裏の片隅に、わずかでも覚悟や備えができるはず。
が、神出鬼没の双子への心構えなどできるわけもない。ましてや、自衛や対処など、とうていおよばぬであろう。
「ゆえに、香川殿やそれに同調しそうな方々に、なにかがありそうな、もしくはおこりそうなことがあるのも不自然ではないというわけだ。ここ数日のうちに、不慮の事故や謎の死がつづいたとして、だれが新撰組と結びつけよう」
低いささやき声は、おれだけでなく斎藤にとっても魅力的にきこえるだろうか。いや、なにもそのハスキーボイスが、という意味ではない。その内容についてである。
「主計。斬首ということは、当然、それをする者がいる。それがだれかはわかるか?」
斎藤ともに、俊冬の言葉のすべてを脳と心が咀嚼している間に、かれが問う。
「ええ。横倉喜三次という方です。岡田という旗本の家臣です。例の江戸の御用盗の一味である赤報隊の相良総三が、偽官軍の汚名を着せられ、ついさきごろ処刑されたはずです。かれもまた、出頭に応じて捕縛され、そのまま処刑されます。処刑の際、処刑人が失敗し、かれの右肩を傷つけるのです。かれは、それをみて駆け寄り、刀をふるって仕留めます。その手際のよさを、みこまれるというわけです」
「ふんっ」
斎藤が鼻をならす。その「ふんっ」が、いまの説明のどこの部分に対してのものかはわからない。
「その相良という志士、おおかた薩摩に利用された挙句に切り捨てられたのであろう?」
斎藤は、不愉快そうにつぶやく。




