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主計はノーマル規格?

 夜中に降りはじめた雨は、朝には土砂降りといってもいいほどの量になっていた。お昼すぎにはその雨脚をさらに強め、いったい、どこがマックスなんだろうと思えるほど、強さは増しつづけている。


 こんな状態である。この日は、家屋から一歩もでることができない。臨時休業とあいなった。


 朝餉をいただいてから、みな、思い思いにすごしている。


 あいかわらず局長は読書三昧だし、副長は書類仕事にかかりきっている。隊士たちは、いつも食事する一番おおきな部屋でごろごろしたり、金子から碁や将棋をかりて、勝負したりしている。


 驚いたことに、双子もいる。隊士たちの繕い物のつづきをやっている。


「シャツとズボン、ありがとうございました。どこがやぶけていたのかわからないほど、完璧ですよね」


 斎藤の部屋である。厳密には、斎藤と隊士数名の。が、組長と同部屋というのも、というわけで、同部屋の連中は移動してしまい、一人部屋になってしまった。


 話しかけても、掌がとまるわけもない。縫物をつづけつつ、二人は同時にうなずいた。


 この部屋の主たる斎藤は、またしても刀のお手入れ中。どんだけお手入れすんねん?とツッコミそうになってしまった。ってか、お手入れしているのは「鬼神丸」だけではなさそうである。よくみると、何本も並べている。ほかの者の得物も、お手入れしているのであろう。思わず、自分の「之定」の柄頭に掌を置いてしまった。


「それで、なにようかな?」


 俊冬は、わかっていて尋ねてきた。廊下から部屋のうちに入ると、障子を閉ざした。これで、話し声が廊下へもれなくなるというわけではない。が、一応、けじめである。



「なにようかな、って、よんでますよね?」

「よもや、おぬしに気の迷いが生じるとは・・・」

「はぁ?それ、どういう意味・・・」

「一途だと、信じておったのに・・・。みさかいがないのだな?」

「はあああああ?意味不明なんですが・・・」


 俊冬。つづいて、俊春の謎めいた言葉。


「同感だな。みな、おぬしのことを最低な野郎だと、憤っておる」


 斎藤は、時代劇のワンシーンみたいに刀身に打粉をポンポンしながらいってきた。


「斎藤先生まで・・・。しかも、みんながおれを最低野郎だと?」


 いったい、なにを全否定されて・・・。


 そこでやっと気がついた。副長との密会、いや、密談。いやいや、偶然、納戸にいたら副長が通りかかって、納戸のなかで・・・。

 ああ、どう表現しても、なにやら怪しげだ・・・。


 ってか、野村のやつ、みたことを邪推した上、悪意をもって拡散しているにちがいない。


「いや、あれは・・・。誤解なんです。ねぇ、わかるでしょう?」

「わからぬ」


 しどろもどろの弁解。もとい、事実を説明しようとするも、斎藤がぴしゃりと否定した。


「一人の男を愛しておきながら、傍にいないからとて昔愛していた男に手をだすとは・・・」

「なにを、なにをいってるんです、たま?愛してってのはやめてください。そこ、尊敬に置きかえてください。ちがいますからっ・・・」

「汚らわしい。そこまで男に飢えておるのか?」

「はい?ぽち、おれはノーマルです」


 のはず・・・。


「そこはフツー、女性でしょう?いや、そもそもそこじゃない。男に飢えてるわけじゃありません。女性にっていうんなら・・・。いや、そもそもそこでもない」

「気をつけよ、ぽち。狙われるぞ」


 俊冬のアテンションが耳をうつ。刹那、俊春と視線があった。かいがいしく針仕事をするその掌をとめ、おれをみあげる真っ赤になった相貌かお・・・。

 ちょっとかわいいかも・・・。いや、なにをいっているおれ?


「いいかげんにしてください。おれは、男には興味がないんです」

「八郎以外の男には」

「そう。八郎さん以外の男には・・・、って、斎藤先生、なにをいわせるのです?」

「そのままそっくりかえさせてもらおう。おぬし、八郎のことが好きで好きでたまらないではないか?」

「はぁ?斎藤先生。何度もいうように、好きなのではなく尊敬しているんですってば」

「きいたか、ぽち?主計は八郎君が好きすぎて、おまえのことはどうでもいいらしい」


 斎藤にクレームをつけている間に、俊冬がさらにききずてならぬことを連射している。


 そして、またしても俊春と視線があった。ショック大って表情かおになってる。


「いや、ちがいますって。ぽちはぽちですばらしいと思ってますし、尊敬しています。だから、そんなうるうるしたでおれをみないでください。ってか、これってどっかにオチがあるんですか?いつまでつづくのです?」


 このままだと、ちょっとした誤解がおおきくねじ曲げられ、意図的に膨張させられ、SNSもびっくりなほど拡散され、炎上した上にカオスになってしまう。


 そんなことは、どうでもいいのに。それよりも、おれには大事な話があるのに。


「もうよい。やめぬか、ぽち。いくらかわいいおまえでも、カッコいいには勝てぬらしい。主計は、副長と八郎君という「二大カッコいい」しか愛せぬらしいからな」

「はい、たま」

「いや、まってくださいってば。いまの俊冬殿の言葉、最初から最後までツッコミどころ満載ですよ。それに、俊春殿。そんなにあっさり返事しないでください」


 そこまでいうと、双子も斎藤も悪ふざけはこれまでとばかりに、マジな表情かおへとかわった。


「局長のことか?」


 斎藤がかぎりなくちいさな声できいてくるので、無言でうなずいた。


「副長にその経緯の詳細を教えてくれと尋ねられ、説明しました」


 そうきりだし、三人にも同様の説明をした。


 ついこのまえまで、ここに永倉と原田がいた。その面子で、わいわいとやっていたのである。


 それを思うと、寂寥感がこみあげてくる。


 そう自覚すると、ロス感にさいなまれてしまった。

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