狙撃手 相馬主計
俊冬に教えられたとおり、呼吸を整えつつ右膝をうしろにして地面につけ、左膝の手前、大腿四頭筋に左肘をおく。ここに肘を置くのが一番安定するのだと、彼に教えてもらったのである。しっかりと固定されているので、スタンディングのときとちがい、相貌を銃につける必要はない。照星のバックに瞳がくるよう、相貌をおく。
教えてもらった呼吸法・・・。そういえば、さっき思いだした「鬼Oの刃」も、身体能力を活性させるために、さまざまな呼吸法があったよな、なんて考えてしまう。
いかん。集中しろ。撃たねばならぬのだ。
どこを狙う?フツー、心臓か眉間だろう。双子は、そうみこしているはず。
さきほどの俊春の弾丸斬りは、兄貴が心臓を狙うことをわかっていた。そのまえに、かれは荷車のまえで膝を折り、猪の頭が吹っ飛ばされるのを感じた。それで、発射されてからのわずか0コンマ以下のタイミングをつかんだのである。あとは、いつ発射されるかである。これまでだったら、兄貴の息遣いを耳でとらえることができただろう。それができないいま、発射されるタイミングは、兄貴の波長っぽいものを感じているのか。その道理でゆけば、俊冬はおれの息遣いで発射のタイミングをはかることができる。が、俊春は・・・。
いや。すべてが刹那以下の世界。タイミングをはかるというよりかは感覚、いや、本能なのだろうか。
「主計。テイク・イット・イージー!ぽちたま先生より、おまえが撃ち損じたら、くさ、だよな」
いまのは、現代っ子バイリンガルの野村である。一応、応援のつもりらしい。
しかし、そのおかげで緊張がやわらぐ。
俊冬の心臓に狙いをさだめる。そして、発射・・・。かわいた音が右耳を打つ。間髪入れず、つぎも発射する。
二発とも、心臓狙い。撃つことに意識を集中していたので、俊冬が動いたのかどうかもわからない。とりあえず、俊冬はさっきとまったくおなじように、こちらをみている。生きている。ってか、ちゃんと狙い通りに弾丸がいったのかと不安になるくらい、なんの変化もない。
構えをとき、呼吸を整えはじめる。
向こうで、俊冬が上半身をおり、なにかを拾っている。拾ったなにかを、弟にみせている。それから、左腰から「村正」をはずすと、弟に返す。
つぎは、俊春の番である。「村正」を左腰に帯び、草履をぬぐ。
双子はそろって、いつもどおりみすぼらしい着物姿である。金子家で下働きしている人、いいや、村のどんな人よりもぼろい着物をまとっている。
もう迷うことはない。俊春は、ついさきほど成功している。俊冬は、その斬り具合というのか、兎に角、気にいらなかったようだが。それでも、見事にやってのけたのは事実。
おれが心臓狙いだということを、いまので感じたはず。
呼吸を整えつつ、ふたたびニーリングの姿勢をとる。
つぎは躊躇なく、一発目を発射。すぐに二発目を・・・。と、脳が指令をだす間もない。すぐ眼前にまで、迫っている。向こうに立っているはずの俊春がである。
狙うなど、とんでもない。反射的に、人差し指がトリガーをひいていた。
かわいた音が、それにつづく。
「うわっ」
気がつくと、空をみあげていた。胸部に銃が喰いこんでいる。ぐいぐいと圧をかけられている。
俊春が、右膝でおさえつけているのである。そして、おれの頸には、かれの右の指が軽くかかっている。
視界の隅に、三本しか指のない左掌が、「村正」の柄を逆手で握っているのがうつる。
俊春は、一発目を弾丸斬りすると同時に、こちらへ距離を詰め、二発目の無茶苦茶な弾道を左掌一本で居合斬りして防いだ。しかも、そのままおれを仰向けに押し倒して銃をつかえなくし、おれの生命を奪ったのである。
もちろん、最後の生命を奪ったというのは、あくまでもバーチャル的にという意味である。
俊春に助けおこしてもらいながら、あらためて、驚異とも脅威ともつかぬ複雑な想いを抱いてしまう。
俊冬がちかづいてきた。俊春は、おそるおそる、兄をうかがいみる。
「なにをしておる?銃の片づけをおわらせてから、猪を解体せねばならぬ。さっさとこい」
「は、はい」
俊冬にむっつりとした表情で怒鳴られ、俊春は慌てておれの掌から銃を取り上げ、ほかの銃も回収しはじめる。
俊冬がおれのまえに立ち、無言で掌をだすよう合図を送ってきた。いわれるまま、掌をだす。すると、俊冬は、じゃらじゃらと弾丸をおれの掌上に落とす。それから、局長と副長に一礼し、猪ののっている荷車のほうへと去っていった。
二人の背をみおくってから、掌上にある弾丸をみてみる。
どれも真っ二つに両断されている。四個分の弾丸は、どれも遜色ない程度に真っ二つになっている。
「兄貴に生まれた方がいいのか、弟に生まれた方がいいのか・・・」
「おれもあんたも、末っ子だからな」
局長と副長の会話である。
「だが、これだけはいえるな。どっちであろうと、兄弟っていいなとな」
「ああ、歳。おまえの申すとおりだな。兄弟姉妹、いいものだ」
副長、それから局長の結論は、ひとりっ子のおれには、一生かかってもわかりっこないのだろう。
その夜、猪鍋を堪能する。金子家の人々も一緒に。たいそうよろこんでくれた。




