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主計 撃ちます

「すごいな」


 局長の心の底からって感じのつぶやきである。副長は無言であるが、その表情かおはやわらかい。

 二人とも、俊冬の掌上に転がっている弾丸たまのかけらを、指でつまんでみている。隊士たちも、感嘆のうめきを発している。


「かような業、ぽちとたまにくらいしかできぬであろう」


 斎藤も、心底から称讃する。


「さしてむずかしいことではありませぬ。猪の頭部を吹っ飛ばした最初の一発で、弾丸たまが到達する機をはかれます。わたしが心の臓しか狙わぬことはわかっておりますので、それで弾道はつかめます。発射する時機は、肌と精神こころで感じ取れます。むずかしいことなど、なに一つもありませぬ」


 俊冬はそこで言葉をきり、俊春の方に体ごと向き直る。


「ですが、この馬鹿は、まともに斬っておりませぬ・・・。ぽち、どれもまともに両断できておらぬ。右のがみえぬせいだ。耳朶がきこえぬせいだ。つかえぬやつめ」


 いや。まってくれ、俊冬。そのどれもが常人にはできぬことだし、これ以上のことを望むなど土台、無理なこと。それでもなお、完璧を求めるのなら、それは無茶ぶりもいいところだ。


 かわいそうに。「神の奇跡」どころか、神様すら腰を抜かしそうな業をやすやすとこなす俊春は、頭ごなしに無能あつかいされ、肩も視線も落としてしょんぼりしている。


「射手がわたしだからか?わたしの射撃の癖を熟知しているからか?」


 二人はずっといっしょにいる。俊春は、俊冬が射撃するのを数えきれぬほどみたり感じたりしている。呼吸、間のとりかたなど、そのタイミングはだれよりも俊春がわかっている。


 だが、あまりにも厳しすぎやしないか?


「むこうへ戻れ。主計、つぎはおまえが撃つのだ」

「ええっ?おれが?いや、いくらなんでも・・・」

「はやく位置につけ。射手がかわったからとて、できぬとはいわせぬぞ」


 俊冬は、おれをスルーして俊春に厳しく問う。


「・・・。やれます。これまでどおり、やってみせます」


 俊春は悲し気につぶやくと、局長と副長に一礼し、背を向けはなれてゆく。


 なんてこと。おれが?おれが撃てってか?


「俊冬・・・」


 さすがは局長。この緊迫のシーンで、たまと呼ぶようなことはない。その隣で、副長もわずかに眉間に皺をよせている。


 局長と副長は、厳しすぎるのではないのか?といいたいのである。


「申し訳ございません」


 俊冬は、二人のまえで頭を下げる。


「あれは、馬鹿なうえに臆病で自身を卑下しすぎます。ゆえに、迷いが生じ、剣をまともにふれぬのです」


 なんてこと・・・。あれでふれてないんだったら、おれもふくめてこの世の剣士全員、ふれてないことになる。


「これでもやさしくしておるつもりでございます。無論、あれにだけさせるつもりはござりませぬ」


 局長が口をひらくよりもはやく、俊冬は先手をうつ。


「主計。わたしがさきにやる。どこを狙ってもいい。立ったままより、片膝をついたほうが狙いやすい。それと、呼吸法をわすれるな」

「でも、やはり撃つっていうのは・・・」

「ならば、勝負だ。先日、約束したな?遠慮はいらぬ。あと四発残っている。二発ずつ、撃ってくれ。腕のみせどころだぞ、主計」


 俊冬はにやりと笑うと、おれの胸元に銃をおしつける。おれが口をひらくよりもはやく、俊春を追ってさっさとあゆみ去ってしまう。



「副長・・・」


 思わず、副長に助けを求めてしまう。かれらが見事に弾丸たま斬りをしてのけるのを、頭ではわかっている。だが、おれもこの銃ははじめてである。なんらかのハプニングがおこらぬともかぎらない。


「まったく・・・。俊冬あいつの弟にたいする厳しさは、「局中法度」の上をいっているな。主計。このなかでは、おまえが一番腕がたしかだ。いうとおり、撃ってやれ。二人を信じてんだろう?なら、万が一ってことは絶対にない」


 副長の眉間の皺と苦笑で、いくばくか勇気を得る。


「主計、案ずるな。二人は、日の本どころか世界で最強だ。そうであろう?」


 局長のやさしい笑みにもまた、勇気をもらう。


 周囲でみな、心配半分、大丈夫半分の表情かおで、おれをみている。子どもらと相棒も同様である。


 相棒と視線があう。「ふんっ」と、あいかわらずのツンツンぶりである。それにもまた、勇気をもらう。


 向こうで、俊冬が俊春から「村正」を受け取り、俊冬はそれを左腰に帯びている。


 かれらの対角線上に立つ。


 覚悟はきまった。深呼吸をしてから、片膝ついて銃を構える。

 ニーリングという射撃スタイルである。


 ああ、なにゆえこんなことに?的にされるのは当然いやだが、人間ひとを的に撃つのはもっといやだ。


 現代で、しかも銃を所持することを許されている職務についていながら、銃をつかうことに抵抗ありありだったし、訓練以外はつかいたくないというのが本音であった。もちろん、幕末こっちにきてからもそれはかわらず、刀に触れることが日常であったがために、その想いはますます強くなっている。


 いや。正直、想いもだが、それだけの腕もないこともたしか。副長は、双子をのぞけば新撰組このなかで一番っていってくれたけど、隊士のなかにはかなり上達している者もすくなくない。かれらは、おれよりずっとうまくなっているはず。


 などと、人間ひとを撃たずにすむよう、あれこれいいわけを重ねてしまう。

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