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ぽちの弾丸(たま)斬り

 荷車の上ではじけた。猪の一部が、である。ほぼ同時に、「ぱんっ!」とかわいた音が耳を打つ。


 局長や副長をはじめとし、みなから感嘆のため息やうめきがもれる。子どもらも、を輝かせ、喰いいるようにみつめている。


 そんななか、俊春が立ち上がる。荷車の上から、なにかをとりあげたようである。得物のようだ。かれと俊冬は、着物に尻端折りという小者姿である。俊春は、その恰好に得物を帯びる。パートナーたる「村正」をつかうことはめったとないが、俊春の剣は日本最高といっても過言ではない。もちろん、「関の孫六」をパートナーとする俊冬のそれも、俊春に遜色ない。


 俊冬は、ふたたび銃をかまえる。


 ええ?まさか、弟を撃つとでも?


 そして俊春は、自分に発射された弾丸たまを「村正」で斬ろうというのか。


 これから起こることを、全員が息をひそめて注目する。緊張と期待がないまぜになり、その集中力は半端ない。


 俊冬の緊張が伝わってくる。これが死んだ猪や、紙に書いたような的であれば、さして狙う必要もなく命中させることができるはず。


 現世であろうと異世界であろうと、最強の剣士にして最高の戦士である俊春ではあるが、かれはいま、耳がきこえず片方のがみえぬのである。健常ならできるであろうことも、いまはそうではない。失敗は、ソッコーで死につながる。


 これもやはり、双子流のストイックな鍛錬なのであろうか。


「くーん」


 おれの左脚のすぐうしろで、相棒も心配げにしている。



 俊冬の今回の射撃スタイルは、スタンディングである。

 このスタイルは、安定しないので射撃がしにくい。戦場では、立っているので敵に発見されやすく、全身をさらしているのでその分的としての面積もひろくなる。前進や後退しながらとか、射撃してすぐにその場から離れなければならないとか、そういった場面にしか向かないスタイルである。


 もっともいまは戦場ではないし、プロの中のプロである俊冬はそのかぎりではない。


 そっとうかがうと、俊冬は頬を銃につけたまま瞼を閉じている。あまりの静けさに、かれが深く息を吸いこんでいるのがわかる。そして、前方に視線をうつすと、俊春もまた腰をわずかに落として鯉口をきり、瞼をとじている。


 たしか、七連発の元込め式といっていただろうか?ということは、残りは六発・・・。


 呼吸がとまったと感じる間もなく、俊冬が連続でトリガーをひく。これは、だれのにもみえぬだろうし、みるための努力も限界がある。ってか、ぶっちゃけ無駄である。

 兎に角、「ぱんっ」というかわいた音が二発つづいたのちでも、俊春は倒れずにその場に立っている。


 俊冬がスタンディングの姿勢をくずすと、おれたちも緊迫の呪縛から解放された。


 俊春は腰をおり、なにかを拾っている。それから、荷車をひいてこちらへ戻ってきた。



「たま。猪の頭部がなくなってしまいました」


 俊春は、掌で荷車上の猪を示した。


「尻にしておけばよかった。頭部は、頭の上にのっけて敵に突進すれば面白かったにちがいない」

「「鬼◯の刃」の伊◯助かいっ!」


 しみじみとつぶやく俊冬に、思わずツッコんでしまった。


 そういえば、あれもよんでいたコミックの一つである。が、当然のことながら途中でよめなくなった。そう思うと、つづきが気になってしまう。


 それは兎も角、銃の威力よりそこか?

 俊冬の感覚のズレというよりかは、ボケに徹する姿勢に、あらためて脅威を抱いてしまった。


「いや、これはすごいな」

「ああ。跡形もない」


 みな、そんな双子にだいぶんと慣れてしまっている。そこはスルーし、猪を囲んで銃の威力を実感している。


「距離にもよりますが、人間ひとの体躯にあたれば、四肢ならば確実に吹っ飛びましょう。頭部もこのとおりでございますし、体躯そのものにあたれば、心の臓でも肺腑でも壊されてしまいます」

「俊冬。あ、たまだったか?向こうは、どの程度これをもっている?」


 俊冬の説明に、副長が尋ねた。その視線は、猪にとどまっている。


「ありがたいことに、いまのところは数はそうおおくありませぬ。ですが今後、敵に資金を提供する商人などが増えましょう。そうなれば、その数が増えることは必定」

「やっかいだな。この銃にかぎらず、資金提供が増えりゃぁ、それだけ強力な武器を大量に購入できるってわけだ」

「御意。ということは、こちらへの資金援助は望めず、武器を仕入れることもできぬというわけです」


 副長と俊冬の会話を、みなが真剣に受け止めている。


 局長がなにかいいかけようとして口を開きかけたが、そこからでてきたのはみじかいため息だった。


「不甲斐ない話だが、そればかりはどうしようもないであろうな。商人らも、朝敵の上に江戸から追いだされる幕府軍われわれより、あたらしく世をつくろうとする敵に資金をさしだすほうがいいにきまっている」


 局長は、寂しげにいう。


 ここにいるだれもが、身をもってわかっていることである。

 それでも、新撰組われわれは戦いつづける。たとえ、銃や大砲がなくとも。

 新撰組われわれは、時代に逆らい刀槍をふりかざし、敵に突っ込んでゆくのである。


「局長。とはいえ、ときとして幕府軍こちらに味方してくれる者もおりましょう」


 俊冬は、やわらかい笑みを浮かべた。


「ですが、武器につきましては、ときとして銃や大砲より刀や槍、弓が勝ることもございます」


 俊冬は、笑みを浮かべたまま語る。


 さきほどの俊春の弾丸たま斬りは、それを見事に実証してのけたのである。

 あのパフォーマンスは、銃や大砲がけっして戦のすべてではないことを証明してくれた。


 もっとも、それができるのは、この世に双子だけだろうけど。


 俊冬が五本ある方の掌をさしだすと、俊春がその掌の上になにかを落とした。


「局長、副長。これをご覧ください」


 その証である。切断か欠けているのかはわからないが、兎に角、弾丸たまのかけらっぽいものが、かれの掌上にいくつかのっている。

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