おねぇの自信
「いや、おねぇは自身に絶大なる自信があるんだ」
おれはぷっと吹きそうになったが、必死に我慢した。
自身と自信のことじゃない。
副長があまりにも眉間に皺を寄せたまま、おねぇなんてことをいうからだ。
あまりにもかけ離れすぎている。
ふたたび副長の部屋だ。坂井と接触後、また一堂に会した。
おれは、ずっと疑問に思っていたことをぶつけたのだ。
それは、なにもここにきてからもったものではない。新選組にまつわる、いわばおれなりのトリビアの一つだった。
「おねぇは新選組から離れる前、ずいぶんと隊士たちをあの手この手で引き入れようとしてやがった。講釈で持論をぶったり、おねぇとしての魅力を使ったりしてな。組長や伍長にいたっては、島原や祇園で接待、というわけだ」
「ああ、あんときゃ悪かったよ。まだそれをもちだすかね、土方さん?」
永倉が足の爪を小刀で削りながらぶっきらぼうにいった。
なぜ、いまこのときここで足の爪の手入れをしているのかについては、だれもなにも突っ込まないのでおれもなにもいわざるきかざるみざる、に徹していた。
「どっかの馬鹿どもは、口車にのっかって元日早々から三日間もいりびたってた」
「だから謝ったろ、土方さん?」
永倉は、小刀を眼前で振り回しながら怒鳴った。
それはおれも知っている。伊東の接待で永倉と斎藤が戻ってこなかったのだ。
「おねぇも人選を誤ったとしかいいようがなかったね、あれは。新八などはあきらかに酒、目当てだ。ただ酒呑むだけ呑んで、話の内容などまったくききもしなかったろう?」
「なんだと左之?おめぇは選ばれなかったからやっかんでるだけじゃねぇかっ!それに、たとえ接待されても、やるこたおれと同様だろう、えっ?」
「違いない」
原田ではなく、応じたのは山崎だった。
「永倉先生は前科がありますから。きっと新選組に不満があると勘違いしたのでしょう、おねぇは?」
山崎のいったこともおれは知っている。永倉は、局長の態度を黒谷に直訴した。その増長ぶりを憤ってのことだ。
永倉も政に対して意見や思想があるわけではない。一緒にやってきた局長の変貌ぶりを慮ってのことだったのだろう。
「ま、斎藤がひっかかってくれたんだから、接待も無駄にはならなかった、というわけだ」
その斎藤が副長の息がかかっていることは新選組でも知らぬ者のほうがすくないだろう。
それなのになぜ連れていったのか、そのことをおれは副長に尋ねたのだ。
「ああ?疑いすらしないだろうよ、おねぇは。男はみな、自身の色に染めかえれる、と思い込んでるんだからよ。もっとも、加納や篠原らはまともだ。疑ってるだろうがな」
副長のいう加納に篠原は、いわば伊東の腹心的存在だ。二人とも剣の腕も運もいい。
実際、ともに幕末を生き残り、明治後期に死んだ。
「それで、おれはおねぇと会うのですか?」
そして、おれの疑問はおれ自身のことへとかわっていた。
「そうだな・・・。坂井のやつがうまく手引きするなら、ってこったが。いや、やはりまずいな。ついこの前、おねぇの息のかかった可愛らしい坊主どもを死なせたばかりだ。逆に報復ってこともある・・・」
黒谷に直接願いでた伊東派の若者たち。
伊東が間者がわりに置き去りにした。かれらは、新選組から御陵衛士に移りたいと黒谷に駆け込んだのだ。
そして、それが叶わぬと知り、その場で切腹した。
「坂井のやつ、どう段取りつけるつもりなのか・・・」
島田の呟きは、いやにリアルに副長の部屋のなかに響きわたった。