スペンサー銃を撃ってみましょう
翌日、さっそくスペンサー銃の試射がおこなわれた。
「これって、大村が横浜で入手したばかりの銃ですよ、きっと。スナイドル銃の四倍の価格だったかと記憶しています。いいんですか、そんな高価なものを・・・。三十丁もあるじゃないですか。それに、弾丸もこんなに。これ、貴重なんですよ」
準備をしつつ、双子にいってみる。
「「でこちんの助」の懐からでているわけではない」
「はい?たま、そんな問題ですか?たしかに、総督府の名義で発注したかと思いますけど・・・。こっちの板垣さんの銃といい、誠に快く譲ってくれてるんですか?」
いやいや。そもそも、こういう会話じたいおかしくないか?敵の主要人物を訪れるなんていったら、使者か暗殺者くらいだろう。それを、フツーにいって、フツーに会話して、フツーに暇乞いするなんて。しかも、貴重な銃をフツーに手土産としていただくなんて。
すべてがフツーじゃない。
「『あの素晴らしい飴細工に感動した。ぜひとも、もってかえってほしい』と、申された。そこまで申されて断れるか?かような不作法は許されぬであろう?」
まったくもう・・・。ああいえばこういうし、こーいえばああいうし・・・。
「主計、わたしの言を疑っておるのか?いままで、一度も嘘をついたことのないわたしを、嘘つき呼ばわりするというのか?」
「すでにそこで、嘘でしょう?」
「そろいましたな?」
俊冬ーーーっ!おれをスルーし、集まってきた仲間たちに声をかけてるし。
「では主計、頼む」
俊冬はこちらに体ごと向け、スペンサー銃を振ってみせる。
「え?一番に撃たせてもらっていいんですか?」
わお。一番に撃たせてもらえるなんて。
「なにを申しておる。おぬしは、これをもってあそこの木のところに立つのだ」
やっぱりな。ちぇっ、て思いつつ、さしだされる俊冬の掌をみおろす。おれの左脚のすぐうしろから、相棒もみあげている。
「ちょっ、これ、なんですか?」
俊冬の掌にあるものは・・・。
「いかがいたした?みたままであるぞ」
「みたままって・・・」
そこには、なんにものっていないのである。
「まさか、エア標的?」
「なにを申しておる?さあ、受け取れ」
「ちょっ・・・。みえてないんですよ。エア標的でもって、おれを撃つ気じゃないでしょうね?スペンサー銃の威力をご存知ないんですか?」
これまでの銃とはちがう。弾丸のつくり、発射の構造、すべてが。ゆえに、精度、距離、破壊力もだんちである。
「・・・。かようにすごいのか?」
不自然な間ののち、俊冬はおおげさに驚いた表情と声できいてくる。
「とぼけないでください。ご存知なんじゃないですか?だったら、撃たれたらどうなるかわかりますよね?」
「まったく・・・。主計。おぬしには、みなのためなら頭の一つや二つ、飛ばしてしまってもいいという気概はないのか?」
「あるわけないでしょうっ!まったくもうっ」
はっと気がつくと、みな、おれたちをみてにやにや笑っている。
「主計。誠に、なごませてくれるな」
局長が、しみじみ感満載でほめてくれたっぽい。
「たま、準備いたしましたぞ」
俊春が、こぶりの荷車をひっぱってきた。
「本来ならば、銃の威力は人間で試すのが一番わかりやすいのですが、狭量なだれかさんのおかげで、それもかなわぬようでございます」
俊冬が、おれを非常識あつかいする。
「ふんっ!兼定の散歩係にしとくのも、もったいなくなってきちまったな」
副長の嫌味に、みな、大笑いしている。
ってか、散歩係からの降格っていったい、なにになるんだろう?ってか、パワハラといじめにあってるおれって、なんていじらしくてかわいそうなんだ?
「いじらしくてかわいそうとは・・・」
「もうっ!だから、よまないでくださいって、たま」
よんでくる俊冬に怒鳴ってしまう。これではまるで、高校生カップルみたいだ。
「早朝、山へゆき、仕留めてまいりました。死んでいるとはいえ、死体を弄ぶのは気がひけますが、新撰組のため、許してもらいましょう」
俊春がひっぱっている荷車の上には、猪が横たわっている。わりとおおきな猪だ。それをさっと狩ってくるとはさすがである。
急にアイスが食べたくなったからと、近所のコンビニで買ってきた的な俊冬。かれは荷車にちかよると、猪に掌をあわせる。
「あちらへ、ぽち。おまえも感じろ」
「はっ」
弟に命じると、俊春は荷車を向こうのほうへひっぱってゆく。距離は、100メートルほどか。スペンサー銃の有効射程距離はたしか200ヤード。つまり、180メートルほどである。その半分の距離である。
「主計の申す通り、スペンサー銃は使用する弾丸、銃の性能、方式が異なるため、ほかの銃とは射程距離や威力がちがいます」
俊冬は説明しつつ、銃を構える。
100メートルほどさきに置かれている、荷車の上の猪。
俊春は、あろうことかその荷車のまえで片膝立ちしている。
俊冬は周囲をみまわし、万が一にもだれかがやってこないかを確認すると、さしてじっくり狙うわけでもなく、一発発射する。