「でこ」からの贈り物
「兎に角、宿を訪れ、沈思黙考されている「でこちんの助」に、挨拶したのです。それはもう、およろこびになられまして、奇声を発しておいででした。その間、兵隊たちは遠征で疲れきっていたようですので、ぐっすり休んでいただいていました。ゆえに、だれにも邪魔されず、会うことができたのです」
俊冬の説明を、全員が声もなくきいている。子どもらや相棒まで・・・。
なんといえば、いいのだろうか・・・。
「でこちんの助」でも「でこぴん野郎」でも、どっちでもいいが、兎に角、大村は小便をもらすぐらい、いいや、脱糞してしまうくらい、驚いたにちがいない。
土佐の板垣といい、大村といい、気の毒でならない。
双子の斜め上をいきまくってる行動による犠牲者は、これからますます増えるにちがいない。
「これからのことを語り合うには、ときが足りなかったのが残念でございます。兎も角、先日の飴細工のお礼にと、銃と弾丸をかえり際にいただきました。それはもう、飴細工を気にいっていただきましたようで」
俊冬が説明している間、俊春がいつの間にか小枝をもってきて、地面にさらさらとなにかを描きはじめた。
説明がおわる時分には、地面の絵は完成していた。
大村益次郎の肖像画である。しかも、ウィキのまんまである。あまりの完成度の高さに、みな、これが誠の人間なのかと絶句している。
双子は、異世界転生で画家もやっていたにちがいない。
「局長、副長」
俊春は小枝をぴゅんぴゅん振って兄をどかせると、自分が描いた肖像画をそれで指し示した。
「これが「でこぴん野郎」でございます。「でこちんの助」とどちらがふさわしいか、どうか公正な判断をお願いいたします」
「おまえたち・・・」
「おまえら・・・」
局長も副長も、驚くやら呆れるやら、兎に角、苦笑するしかない。
かくして、「でこちんの助」か「でこぴん野郎」か、決をとることになった。
「あの、念のためですが、その人の名は大村益次郎といいまして、長州出身の元医師で、かなり優秀な参謀です」
みなが迷っているなか、一応告げておいた。このままでは、かれがあまりにも気の毒すぎる。
それにしても、やはり史実とは異なっている。史実では、かれはまだ大坂にいるはずである。明治天皇が大坂に下坂され、それに随行するのである。そして、大坂城で調練をおこない、江戸へ下向を命じられるのだ。それがたしか、四月の二十日ころだったかと記憶している。いまはまだ三月。大局からみれば、さしておおきくかわっているわけではない。もしかすると、長州からはやく上京していたのと同様、江戸へもはやくきたのかも。
多少の前後はあるかもしれない。
結局、結果は同数であった。
「うーむ、なにゆえ同数なのだ?これでは、決着がつかぬ」
「いえ、たま。そういう問題ではないでしょう?」
思いっきりツッコんでしまった。
ちなみに、局長は「でこちんの助」、副長は「でこぴん野郎」とわかれ、子どもらと相棒をあわせても、半々にわかれてしまった。
たしかにわずかながらのもやもや感はあるものの、大村のあだ名にそこまで頑張る必要はないと思うのだ。
「それにしても、これが人間とは・・・」
「こういうのを、地球外生命体っていうらしいですよ、斎藤先生」
そして、俊春画伯の似顔絵をみつつ、とんでもなく無礼なことをつぶやく斎藤に、さらにとんでもなく失礼なことをのたまう現代っ子にしてバイリンガルの野村。
視界の隅に、双子が苦笑しているのがうつったような気がした。
大村に会ってきたということじたい驚愕に値するが、どーでもいい論争だけでこの話題がおわりつつあるということにも驚きだ。
副長の指示のもと、銃は武器庫がわりにしている蔵へ、食材は厨へと運ばれた。みながてきぱきと作業をするのをみながら、局長が双子に尋ねた。
「それで、当人には尋ねてみたのか?」
「無論ですとも」
俊冬の表情が、ぱあっと明るくなった。
すでに夕陽は山の向こうに沈み、闇がひたひたと迫りつつある。
いまから総出で、双子の采配のもと夕餉の支度である。それと、風呂もわかす。
「悩まれておいででしたが、結局、どちらともお答えになられませんでした」
俊冬の声は、ほんのちょっぴり残念そうな響きがあった。
当人にジャッジしてもらうのが、一番よかっただろうに・・・。
「京ではさほど会話をいたしませんでしたが、それでもいい気がいたしませんでした。軍略と戦略にたけているかもしれませぬが、その人となりは相当にまずいものでございます。敵は無論のこと、自軍や同盟軍をも蔑ろにされておいでです。兵を駒にしか考えておらず、それどころか人間に関心がなさすぎまする。あれでは、戦には勝てても長生きできますまい」
俊冬の声は低く、不吉なものを感じさせた。
「そのとおりです。大村は、この戦のなかで薩摩藩士と衝突したり、周囲に不快感を与えまくります。そして来年、かれは暗殺されます。実行犯は長州藩士ですが、黒幕はべつにいるといわれています」
告げると、局長も副長も斎藤も「さもありなん」、という表情になった。
「われらが間者にもたせた飴細工の意味を理解し、怯えてもおられました」
俊冬は、声をあかるくしてつづけた。
狼と龍が、宝玉を護っている飴細工。大村はそれらをみ、どう解釈したのであろう。
「では、夕餉の支度をいたしまする」
俊冬がいい、双子は同時に一礼してから厨のほうへと去っていった。




