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副長と二人っきり

「主計、ちょっといいか?」


 副長はそうささやくなり、くっそせまい納戸のなかにはいってきて引き戸を閉めてしまった。ちいさな明り取りから、わずかながらも光がさしこんできているからいいようなものの、それがなければ閉所プラス暗所恐怖症でどうにかなりそうである。


 もちろん、BL的には興奮もののシチュエーションなんだろうけど。


「副長。この空間に、二人はせますぎやしませんか?」


 密な状態であることを、抗議する。


 なにゆえか、ささやいてしまう。

 このイケメンとの密そのものが、禁断であるかのように。


 世の土方歳三ファンや、元カノいまカノ、さきカノにバレたら、血祭りにあげられるシチュエーションである。


 確信すると同時に、恐怖を感じてしまう。


「あああ?おまえ、なに興奮してんだ、ええ?鼻息あらいぞ。おれは八郎じゃねぇ。落ち着きやがれ」

「副長が八郎さんじゃないってことは、わかっています。ってか、なんでいまここで、八郎さんの名がでてくるんです?」

「おまえが大好きだからよ。ってか、かような話はどうでもいいんだよ」


 自分でふっておきながらどうでもいいって・・・。

 どういうことなんだ、イケメン?


「かっちゃんのことだがな。くわしく教えてくれ」


 副長がさらに相貌かおをちかづけ、ささやいてくる。

 なんてこった。相貌かおがちかすぎてドキドキしてしまう。


「そ、それはいいですが・・・」

「新八や左之のまえでは、強がりいったがな。あいつらに、むだに案じさせたり負担をかけさせたくなかったからな。おれだって、まだあきらめたわけじゃねぇ。正直、かっちゃんの覚悟やら信念なんざ、おれにはどうだっていい。そういったものは、生きてりゃいくらでも貫きとおせる。死ぬ覚悟?散りたいと思ってる?かようなこと、立派なもんか。逆に、勇気がねぇから、無責任だから、そんな情けねぇ考えにおよぶんだ。おれは、許さねぇ。かっちゃんを、死なせたくねぇ。卑怯者にしたくねぇんだよ」


 相貌かおをくっつけたまま、副長は思いのたけをぶつけてくる。

 副長も、自分自身で荒っぽすぎるし無茶ぶりいってることはわかっている。

 つまり、なりふりかまわず助けたい、ということだ。


 それに反対するわけはない。すぐさま、語る。



 流山の新撰組の陣屋を囲んだのは、水戸藩出身の勤皇志士香川敬三(かがわけいぞう)である。かれは、岩倉具視の息子である具定(ともさだ)の東山道鎮撫総督の大軍監として、北関東方面を鎮撫を受けもっている。宇都宮方面に向かう途中、怪しげな賊徒がいるということで、流山にやってくるのである。その香川の下に、小軍監である薩摩の有馬藤太ありまとうたがおり、かれが局長を出頭させるにいたるという。そして、大久保大和を近藤勇であると見破り、主張するのが、おねぇ派の元御陵衛士である加納鷲男かのうわしおである。


 局長を出頭させた香川らは宇都宮へ向かい、局長は江戸へ護送、拘留される。


 ちなみに、近藤勇の処分を巡り、有馬は最後まで武士としてのまっとうな処遇を主張したという。


 斬首を主張するのは、土佐の谷干城 《たにたてき》である。かれは、坂本龍馬と親交があった。新撰組が坂本と中岡を暗殺したと、信じているのかもしれない。だとすれば、私情もいいところであろう。



「谷は、いつ死ぬ?」


 尋ねられ、思わず息を呑んでしまう。


 副長のの奥にたゆたっている光・・・。それは、この薄暗い納戸のうちにあって、ちがう意味での暗さを、いや、闇をかたどっている。


「このあと、元号は明治というものになります。四十五年つづきます。谷は、その明治期のほとんどをすごし、七十代なかばで死にます。しかも、かれは土佐派の一人として、板垣同様明治期に活躍します」


 相貌かおがちかすぎるのも忘れ、さらに相貌それをよせる。


「まさか、暗殺なんて考えてませんよね、副長?」

「わかりやすいおまえによまれるたぁ、おれも落ちたもんだ。それは兎も角、殺っちまえば、あとはかっちゃんの処遇に寛容な連中ばかりなんだろう?」

「そういう単純なことではありません。主張したのは谷が中心であって、かれ一人ではありません。残念ながら、それ以上の情報は得ていませんので。いずれにしても、谷一人だけの主張が通るとは、考えられません。ゆえに、かれを殺ったところで、別の主張者がでてくるだけです。しかも、新撰組うちが殺ったとバレバレです。そうなれば、寛容な人たちも、斬首にかたむきかねない。それならば、かれを懐柔した方が効果的かと。もっとも、それも一つ間違えれば、ってところもありますが」


 副長の眉間の皺が深くなる。思いつくまま、つづける。


「坂本と中岡が生きているということを、伝えてはどうでしょうか?もしも、谷に私情があるのなら、それで懐柔できるかもしれません」


 副長の皺が、さらに深くなる。


 副長のにたゆたう闇同様、納戸内に怖いほどの静寂がたゆたっている。


「それはできねぇ。わかってるだろう?坂本と中岡のことは、おれたちは墓場までもっていかにゃならねぇ」


 たしかに。告げれば、かれらはまた生命いのちを狙われることになるかもしれない。薩長や岩倉の掌の者が、というよりかは、フリーメイソンの掌の者に、追われることになるかもしれない。

 ハードボイルド系歴史小説っぽい話になるが、あの組織はグローバルに展開している。坂本と中岡が、月か火星にいるのでないかぎり、みつけだして制裁を加えるだろう。


 しかし、それもあくまでも推測。局長が助かり、谷自身の生命いのちも脅かされることもなく、ということになると、おれにはそれくらいしかいいアイデアが思い浮かばない。


 それよりもなによりも、局長を拉致る。もしくは、いまここで、これ以上の戦いは無意味であることを諭し、どうにか身をひいてもらうか・・・。生きつづけることを、死んではならぬことを、わかってもらえば、おのずと身をひいてくれるはず。



「やはり、おれがどうにかするしかない、か・・・」


 おれの表情かおをよんだのか、あるいは自分でそうと悟ったのか、副長がちいさなため息とともにもらす。


 それらは、納戸の埃だらけの床へとゆっくりと落ちてゆく。

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