最強の飴細工
「驚いたな。この連中は、間者だったのか。どうりで、飴細工がへたくそなはずだ」
斎藤が俊冬の横に立ち、間者たちをみおろしていう。
「いえ、斎藤先生。間者だから飴細工がへたくそというよりかは、フツー自分ができるものに扮しませんか?」
ツッコんでみた。すると、斎藤はにんまりと笑みを浮かべた。
「たしかに」
そして、幾度もうなずく。
かれもまた、間者である。かれは自分がもっとも得意とするものに扮し、当時は「浪士組」と呼ばれる組織に潜入していまにいたっている。
「間者は、問答無用で斬り捨てるべきでしょうな。ああ、おぬしらはなにも申さずともよい。われらも一つのことをのぞき、問うことはせぬ。ときがもったいない」
俊冬はやわらかい笑みを浮かべ、不吉な言葉を間者たちに落とした。
「では、その一つを尋ねよう。「でこちんの助」と「でこぴん野郎」についてだ。さぁ、どちらかを選べ」
ちょっ、俊冬。まだこだわるのか?
「素直な気持ちで「でこぴん野郎」と申さねば、頸をじわじわしめるぞ」
凄みのある声で、自分を有利にもってゆこうとする俊春。
「拷問などと・・・。弟よ。かようなこと、人間は許すわけがあるまい?」
俊冬は、不愉快な表情になった。そして、間者たちの顔前に両膝をおってうんこ座りした。
「「でこちんの助」と申したくなる。「でこちんの助」としか考えられぬ・・・」
俊春によって地におしつけられている間者たちの相貌に、上半身ごと自分の相貌をちかづけ、ささやく俊冬。
「たまっ!暗示とは、それこそきたない・・・」
「いや、まて」
不正を弾劾する俊春にかぶせ、斎藤がずいと歩をすすめる。
そうだ、斎藤。そんな場合ではないことを、びしっといってやってくれ。
「はっきりとしておきたい。これからは、ぽちとたまと呼んだほうがいいのか?」
「吉本◯喜劇」のごとく、ずっこけてしまった。
市村と田村は、腹を抱えて笑っている。
どう考えても異常である。敵の間者をとりおさえておきながら、かたや「でこちんの助」か「でこぴん野郎」かどちらがぴったりくるかを問うているし、かたやこれから「ぽち」と「たま」と呼べばいいのかを問うている。
間者たちは、大村にどう報告するのだろう。
「敵は、あなたのことを「でこちんの助」と呼ぶか「でこぴん野郎」と呼ぶか、そんな議論で夢中です」
「ぽちとたまという男たちがいて、ぽちは飴細工がとてもうまいのです」
この江戸近辺で、かれらがこれまでみききしたことは、この時点でフォーマットされてこのことにかきかえられただろう。そして、これからみききするであろうことは、このことがショッキングすぎて記憶に残らないだろう。
「でこちんの助っ!」
「でこぴん野郎っ!」
怯えきっている間者たちの叫び。
ほぼ同時に、双子の歓喜の叫びが・・・。
「おお、それがいい」
「そう呼ばれたいですな」
おもいっきりかぶった。
「答えるんかいっ!」
反射的に間者たちと双子にツッコんでしまった、おれ。
「ピピピピピ」
空を、名をしらぬ小鳥が囀りながら飛んでいった。
「ちっ、痛み分けか・・・。ぽち、勝負はこのつぎだ」
「ふっ・・・。生命びろいしましたな、たま」
謎すぎる休戦協定を結ぶ双子。
「そうか。ならば、手下たちにもそのように伝えよう」
そして、斎藤も謎の指示を手下たちにだすと表明した。
なにより、間者たちのほっとした表情が印象的すぎた。
「ぽち、そろそろ開放してやれ。間者はみつければ斬るべきだし、間者もみつかれば斬られる覚悟があるものだが・・・。この者たちにその覚悟はなく、そもそも間者のなんたるかもしらぬ素人。斬る価値もなし。開放してやるゆえ、自軍に戻るといい。ただし、「でこちんの助」に伝えてほしい。ぽち、それを」
「だから、「でこぴん野郎」と申しております」
俊春は釘をさしながら、さきほど余分につくった二つの飴細工をさしだした。
一つは爪牙をむく犬、いや、狼。もう一つは、瞳を爛々と輝かせ、おおきな口をあけている龍。どちらも宝玉のような玉を護っている。そして、どちらもいまにも動きだしそうだし、唸り声や咆哮がきこえてきそうなほどリアルである。
「これを渡してほしい。ほんの贈り物である。江戸土産に、ぽちとたまからもらったと申すがいい。これをみれば、「でこちんの助」はすべてを悟るであろう」
「だから、「でこぴん野郎」と申しておりましょう。おっと、壊さぬよう」
俊春は、自分メイドの精緻な飴細工を懐紙のようなもので巻いてやり、間者たちに手渡した。
間者たちは、狐につままれたような表情で、こくこくと頷きつつそれを受け取った。
「おっと、この道具はいただいておくぞ。このあと、おぬしらにかわってわれらが村の衆にふるまうゆえ」
俊冬の言葉に、間者たちはうなずくしかない。どっちにしても、あの腕前では飴売りをつづけてもしょーがないだろう。だいいち、双子のいる半径100キロ以内に、とどまることすらできないであろうから。
「たま。腕は兎も角、長州勢は気前がいい。材料は、たんと準備しております」
逃げ去る間者たちの背をみ送っていると、俊春が道具をあらためてから告げた。
「鉄、銀。村の衆に、飴を馳走するとふれまわってくれ。無論、新撰組にもな」
「はい、たま先生」
二人の返事が、ツボに入ってしまった。
ぞくぞくと集まってくる人々。双子は一人一人のリクエストにこたえ、つぎからつぎへと飴細工をこさえてゆく。
相棒にもつくってくれた。なんと、できあがったら相棒だった。
それを、相棒の眼前にかかげてみせる。
相棒は鼻をひくひくさせつつ、頸を右に左に倒す。
「すっごく似てるよな、相棒。舐めても大丈夫なよう、ちいさめにつくってくれてる。なめるか?」
ふんっと、いつものようにツンツンだが、気にいっているのはわかる。瞳が喰いついている。
「すぐにはもったいない?そっか。じゃぁ、もうしばらくしてからな」
そういいおいてから、懐紙にくるんでおく。
ちいさいが、がっしりしているので折れたり割れたりってことはないはず。軍服の胸ポケットにいれておくことにした。




