長州の間者
「旦那方。わたしらは、この村の名主であります金子様のところの小者でございます」
俊冬がいい、双子はそろって飴売りのまえで腰をおる。ってか、いつの間に金子家の小者に?ってか、いったい、なんの芝居なんだ、双子?
「旦那方。ここいらは、金子家の土地でございます。ここいらで商いをされるのでしたら、一言ことわっていただかないと・・・」
いいにくそうなそぶりなど微塵もない。まるでショバ代をとりたてるチンピラのごとく、丁重ないいまわしのわりには語気鋭くいう。
思わず、斎藤と視線をかわす。
なるほど・・・。なにかしらの目的があってのことか。ゆえに、子どもらの提案を即座に受け入れ、やってきたわけか。
「旦那方、どちらから参られました?」
俊冬は、やつぎばやに問う。
いっぽうで、俊春は飴売りの商売道具にちかづくと、そこに置いてある椅子っぽい木箱に座ってしまう。
「い、いや。それはしらぬこととはいえ・・・。すぐに挨拶にまいりましょう」
年配のほうの男が応じる。唇を舌でしきりになめている。髪がすっかり後退してしまっている額には、玉のような汗がいくつも浮かんでいる。
『いや・・・』とは・・・。おそれいった。フツー、商売をするなら、その土地の顔役なり極道なりに、挨拶やみかじめ料が必要であろう。テキ屋や大道芸人の常識ではないのか?
「それにしても、じつに独創的な飴細工ですな」
俊冬は男の答えをスルーし、並んでいる飴細工を一つ一つガン見する。
「はは・・・。商売をはじめたばかりでして・・・」
若い方が、苦笑交じりに応じる。若い方の男も、年配の男同様、額にムダに玉のような汗が浮かんでいる。そして、ムダに揉み手をしている。
「それはそれは・・・。なれど、一人前の飴職人の技量は、かなりのものですぞ。すくなくとも、「これはなにか」がちゃんとわかる程度のものは、つくれるはずでございます」
俊冬は、やわらかい笑みを浮かべる。それから、子どもらに提案する。
「鉄、銀。ぽちが飴細工を披露してくれる。なんでも好きなものをいいなさい」
とうとう、俊春の二つ名はぽちになってしまったらしい。
「わたしは、金魚がいい」
「では、わたしは雉がいい」
市村、それから田村は、容赦なく難易度の高いものを要求する。
無言でうなずく俊春。それから、脚でふいごを踏み、準備にはいる。
とんだなりゆきに、飴売りの二人は声もない。ただ呆然としている。
俊春は、手際よく作業をすすめてゆく。
飴細工の作業工程は、「YouTube」でみたことはなかったが、それでも俊春の作業が手際がいいことはわかる。圧巻は、葦のさきから空気を吹き込んだのち、和鋏で形を整えてゆく作業である。
ちいさな鍋で熱された飴の塊に、生命の宿る瞬間である。
所要時間わずか数分。あっという間に、金魚と雉ができあがった。
「ほー」
斎藤と二人、ほれぼれと眺めた。子どもらは、大興奮である。
本職をみると、かれらですらうっとりみているではないか。
「ぽちは犬ゆえ、おおざっぱであるな」
俊冬の謎解釈。
「悪うございました、たま。どうせ、猫のほうが素晴らしいのでしょうとも」
そして、俊春の謎ヨイショ。
双子は、異世界転生で飴職人もやっていたというわけだ。
それにしても、いまにも泳ぎだしそうな金魚と空へはばたきそうな雉である。このクオリティなら、ここで商売するよりかは、ちゃんとした店をかまえたほうがいいにきまっている。
「「でこちんの助」殿は、お元気か?」
不意に、俊冬は飴売りたちのほうへ体ごと向き直り、尋ねた。
「たま。だから、「でこぴん野郎」と申しておりましょう」
そして、使った道具をきちんと並べなおしながら、俊春が横槍をいれた。
「馬鹿を申すな、ぽち。「でこちんの助」と、あれほど申しておるではないかっ」
「なんですと?あれはどうみても、「でこぴん野郎」ではありませぬか?」
「「でこぴん野郎」などと・・・。かような無礼な二つ名があるかっ!」
キレまくる俊冬。とつじょはじまった兄弟喧嘩に、子どもらも飴売りたちもひいている。
「でこちんの助」と「でこぴん野郎」の論争、再びである。
それらは、長州の大村益次郎のことを指している。
「なんと・・・」
俊春は、泣きそうな表情で兄にちかづく。
「無礼なとは、どういう了見で申されておいでです、たま?「でこぴん野郎」とは、最大限の敬意を表してのこと。たまこそ、「でこちんの助」などと、馬鹿にしまくっているではありませぬかっ」
切々と訴える、俊春。
「おいおいおい、ぽちよ。「でこちんの助」こそが、古今無双の二つ名。あのでこは、それ以上でも以下でもないわっ!愚か者めが」
どんどん激昂する俊冬。このままだと、どーでもいい論争で弟をぶっ飛ばしそうな勢いである。ってか、これってなにかオチがあるのか?
「愚か者?」
俊春は、斎藤とおれと相棒へ、すがるような視線で訴えてきた。そして、さらには飴売りたちへも・・・。
「このわからずやのたまに、あなた方からも申してやってください」
と、懇願がおわるよりもはやく、飴売りたちは地面におさえつけられていた。
刹那とか瞬きとか、そんな表現などながすぎるくらい、超絶神速のできごとである。
「「でこぴん野郎」にじかに会い、命じられたのであろう?なれば、「でこちんの助」とどちらがふさわしいか、申すまでもないな?」
俊春は、右掌では若い方の男の項を、左掌では年配のほうの男の項をそれぞれ握り、片膝ついて地におさえつけている。
その声は、これまでとちがって冷酷な響きがこもっている。俊春の掌におさえつけられながら、飴売り、いや、長州の間者たちは抵抗どころか指一本動かせないでいる。
「なれぬ間者など、せぬほうが身のためだな」
俊冬は、間者たちの相貌のまえに立ち、かれらを睥睨する。
間者たちの双眸は恐怖にみひらかれ、表情は死者みたいに真っ白になっている。




