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露出狂とは

「主計さんって誠にわかりやすいから、あつかいやすよね」

「そうそう。表情かおをみたら、なにをかんがえてるのかすぐにわかるよね」


 んんんんんん?いまの市村と田村の会話は、いったいなんだ?


「うしししし」


 しかも脚許で、相棒がケンケン笑いをしているではないか・・・。


 再度、金子家の母屋の縁側へと視線を向ける。


 そこだけときがとまっているかのように、さきほどとおなじ光景が展開されている。いや、一つだけちがうことがある。雀が何羽かきていて、庭でなにかをついばんでいたり、双子の肩や頭の上にのっていたりする。


 それが、40、50メートルほどはなれているにもかかわらず、はっきりとみえる。


「どちらですか?」


 その一見のどかな光景をうちやぶる勢いで、母屋の方へとダッシュし、双子に問う。


 綱をつけていない相棒と、子どもらが追いかけてくる。


「いったいぜんたい、どちらがいらぬことをかれらにいったんです?」


 縁側までくると、腰に掌をあてて威圧的に問いを重ねる。



「チュンチュン」「チュンチュン」


 午後のひととき。雀のチュンチュンが耳にうるさいくらいである。それから、「カタカタ」という音も。


 斎藤は、刀身に打ち粉をふるっているところである。その「鬼神丸」が音を立てる、「カタカタ」という音が・・・。


 肩が震えている。それは斎藤だけではない。双子の肩上にいる雀たちが上下している。


 三人とも、あきらかに笑いを殺している。


「主計、気がついておったか?」


 俊春が、口の端をむずむずさせながらきいてくる。


「おぬしのズボンの大事なところが破けておる。それから、シャツの脇のあたりも」

「ええっ?」


 俊春の指摘に、仰天してしまった。シャツは兎も角、ズボンの大事なところが破けている?


 よくある太りすぎて、かがんだ姿勢から立ち上がるそのタイミングで力がこもり、股の部分が裂けるってやつ。

 もしかして、それなのか?


 昔、まだ刑事でかであったとき、ちがう部署にいけすかない上司がいた。上におもねるタイプの男である。でっぷりと太っていて、いっつもなにか喰ったり呑んだりしていた。ある日、その上司が新品のスーツを着てきた。おれたちのような「はOやま」とか「青O」とかではなく、イタリアとか海外のブランドものだろう。それがおこったときも、かれはちかくのピザ店からデリバリーしたピザを喰っていた。と、ピザの上から黒オリーブが落ちた。かれは、それを取ろうと・・・。

 そのさきは、いうまでもない展開である。あのときの「ビリッ」という布の断末魔は、数年経っているいまでもなお、記憶にあたらしい。


 もしかして、おれにもあのおそろしき出来事がおこっていたと?しらぬはおれ自身のみって感じで?ってか、おれ、そこまでムッチムチに太ってしまっているのか?


 驚愕をこえ、もはや恐怖でしかない。


「あー、ほんとだ。主計さん、破けてる」

「うわー、ひどいね」


 市村と田村の叫びに、どきりとしてしまう。


 無意識のうちに、掌をうしろにまわそうと・・・。


「ここ、なんていうの?」


 刹那、田村がさわってきたので、飛び上がってしまいそうになった。


「ベルト通しと申す。そこが、三か所も切れてしまっている。拳銃嚢をつけているのでな。重みに耐えきれぬのであろう」


 俊春のやわらかい笑み。


 え?え?ベルト通し?


 おそるおそる、それをさわってみる。たしかに、ぶっちぎれている。


 心底、安堵する。心中で胸を撫でおろしていると、俊春と視線があった。もちろん、よんでいる。傷がだいぶんと癒えてきた男前の相貌かおに、さらにやわらかい笑みがひろがる。


 くそっ!故意にビビらせたにちがいない。


「脱げ」


 そして、セクハラっぽいことを指示してくる。


「はあ?脱げって、どういう・・・」

「繕おうというのだ。はいたままでは、繕えぬ」

「いや、しかし、こんなところでズボンをぬいで褌姿になるのは・・・」

「よいではないか。ここにいるのは、男ばかりだ」


 そのタイミングで、金子家の女中さんたちが四、五名、頭を下げながら通りすぎていった。


「ほら、女性もいるじゃないですか。露出狂じゃあるまいし」

「よいではないか、へるものでもなし」

「ねぇ、ロシュツキョウってなに?」

「ロシュツキョウとは、なんだ?」


 田村と斎藤の問いがかぶる。


 子どもの田村の好奇心は兎も角、斎藤、なにゆえ喰いついてくる。先夜のおねぇの件といい、かれはいったいどうしてしまったんだ?


 孤高の人斬りっていうイメージから、ますますかけはなれてしまう。


「露出狂というのは、自分の赤裸々な姿をみてもらいたいっていう、ちょっとした精神こころの病ですよ」


 とりあえず、遠まわしに表現しておく。


「ふーん」


 田村の興味をなくしたような返事。


「ほう。具体的には?」


 そして、ますます喰いつき気味の斎藤。


 斎藤、やっぱおかしいよ、あんた。


「たいていは、男性がマッパ、もとい、ほぼ裸にちかい状態で女性にみせるのです」

「ああ、左之さんのように?」


 京の伏見奉行所で、会津藩士たちと餅つき大会をおこなったことがある。その際、なにゆえか原田がマッパで餅つきをしようとし、杵をふりあげた瞬間にぎっくり腰になったのである。斎藤は、そのことをいっているのだ。


「まぁ、あのときには男性しかいませんでした・・・」

「左之さんは、島原でも吉原でも、それどころか町でも村でも、兎に角、女子おなごにみせたがるのだ」


 斎藤にはまだつづきがあった。


「ああ、腹部の切腹の痕ですよね?」

「ふむ。あれは、いわゆる前座だ。誠に真っ裸になりたがるのだ」


 なにい?それって、完全に公序良俗違反じゃないか。

 まぁ、原田らしいといえばそうだけど・・・。ということで、片付けておく。


「原田先生のは、じつに立派だからな。みせられた方も、眼福になるであろう」


 それまで沈黙を護りぬいていた俊冬が、幾度もうなずきつつ謎納得している。

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