ファックな新撰組はよいところ?
「じつはわたしだけでなく、ほかにも加わりたいと、藩邸を抜けでる機をうかがっています者が数名おります」
さらにいると?
安定を望む年かさの藩士たちにくらべ、かれらのような二十歳代の藩士だと、血気盛んなだけに新撰組のようなところで暴れたいと思うのであろうか。
「兼川殿、ご家族はいらっしゃいますか?」
それまでひっそりとなりゆきをみまもっていた俊冬が、やわらかい笑みとともに尋ねた。
「国に両親と祖父母、長兄に次兄がおります」
なるほど。自分は三男坊で、家を継ぐ必要はない。ある程度の自由はきくわけか。
「京での戦の際には、おみかけいたしませんでしたが」
「黒谷でおこなわれた沖田殿の試合のすぐの後、江戸の藩邸に詰めるよう辞令がでたのです。ちょうど御用盗が流行っているときでしたので、江戸のほうに人数が必要になりましたゆえ。恥ずかしながら、戦はまだ経験しておりませぬ。ですが、大砲も銃も鍛錬はしております。けっして足手まといにはなりませぬ」
兼川は相貌を真っ赤し、自分で自分を売り込むためにプレゼンした。
「それならば、国許でご家族を護られよ。武士は二君をもたず。ご家族を、藩主を、護ってこその武士でございます」
やわらかい笑みとともに、俊冬が説得した。その声もまた、気持ちをほんわかしてくれるほどやわらかい。
一時の情熱にほだされ、駆けつけたにちがいない。
この後、会津は会津で悲惨な戦をすることになる。新撰組としてではなく、会津藩士として生きるべきであるし、死ぬべきである。斎藤のように会津候から新撰組に加われとか、行動をともにしろといわれたのでないかぎり、感情や一時の気の迷いだけで脱藩などするものではない。
「兼川殿、生命は一つしかごいませぬ。そして、それをかけるべきとき、場所、時機も一つ。其許のそれらは、新撰組にはござりませぬ。それでもやはりと申されますなら、国許でおまちくだされ。すでに二十数名の別動隊が会津へ向かっておりますし、今後もその数を増やすことになります。いずれ、この本隊も会津へ向かいます。なにせ新撰組は、会津藩とはきってもきれぬ仲なのですから」
俊冬十八番の弁舌。理路整然と流れるそれは、耳に心地よく、脳内と心にしみわたる。
兼川だけではない。おれたちまで納得し、会津にいってもいいと思ってしまいそうになる。
結局、兼川は納得してかえっていった。会津での再会を約束して。やってきたときと同様、意気揚々と去ってゆくその背は、じつに若々しく生気に満ちていた。
「俊冬、礼を申す」
その背をみおくりつつ、斎藤がぽつりとつぶやいた。
「直記の兄二人は、どちらもできる男でな。いや。かれ自身もできるからこそ、兄二人に負けじとなにごとも一生懸命になってしまう。それを上役も懸念しているからこそ、戦から遠ざけているのであろう」
「ええ、斎藤先生。かれに死相はでていないものの、いつでも死んでやるぞという気概が強すぎます。今後の状況は、かばいきれぬほどになりましょう。それでも、かれの死に場所は新撰組ではない。そして、会津以外でもない」
俊冬の悲し気な表情。
どこであろうと、死んでいいものではない。ましてや、兄たちに負けじと無駄に散っていいものではない。兼川には、それに気がついて生き残ってほしい。そう切に祈らずにはいられない。
「ねぇ、主計さん」
相棒のご機嫌うかがいを、もとい、相棒の健康チェックをしていると、市村と田村がいそいそとちかづいてくるではないか。
いつもとちがって、やけにしおらしい。
「いっておくけど、兼定の散歩係の給金は雀の涙ほどもない。ゆえに、龍神の涙くらいもらっている双子先生にたかるといい」
ぴんときたので、くぎをさした。
永倉と原田がいないいま、かれらがたかれる人はそんなにいない。
「主計さんのどケチ」
「そうだよ。大人のくせに、子どもを思いやることもできないなんて」
田村、ついで市村が、おれのすべてを全否定してくれた。
「あのなぁ、鉄、銀。局長から、お手当がわりのお小遣いをもらってるんだろう?いまのうちに経済観念をしっかり身につけておかないと、大人になったら自己破産してしまうぞ」
それから、いいお婿さんになれないぞ、とも付け足しておいた。
「だいたい、都合のいいときだけ主計さんって、ないんじゃないのか?」
大人げなくも、ぶちぶちと嫌味をいいつづけた。相棒が「めっちゃいやなやつ」、といわんばかしにみあげてきた。
すると、市村が庭の向こうへ駆けて行って戻ってきた。掌に、小枝を握っている。それから、それで地面になにかを書きはじめる。
「Fuck you!」
ぶっ飛んでしまった。しかも、ちゃんとびっくりマークまでつけて・・・。
「ファックユー!ファックユー!ファックユー!」
二人で、教育上よくないスラングを声高に連呼する。
おれ以上に現代っ子の野村が教えたにちがいない。
将来、この子たちが新撰組を語るのに、「Fuck you!」一色だったらどうしてくれるんだ。
「やめてくれ、二人とも」
ついに懇願した。敗北感が半端ない。大人なのに、大人げない態度をとった罰にちがいない。
ふと、家屋へと視線を向けた。縁側でポカポカとした陽射しを浴びつつ、斎藤と双子が並んで座っている。
斎藤は愛刀「鬼神丸」の手入れに余念がなく、双子は針仕事。その脇に、大量の軍服が積み重なっている。
このまえの戦いで破れたりこすれたりした、みなの軍服を補修しているのである。
異世界転生で、アパレル業界で活躍していたにちがいない。
「わかった。わかったから、話をきく。きくから、もうやめてくれ」
「最初っから、そうしてくれればいいんだよ、主計さん」
「そうそう。いつの世も、かよわい女子どもには勝てないんだから」
野村め・・・。子どもらに、なんてことを植えつけるんだ。
その野村は、本日は局長と副長のお供で出張中である。
ひとえに、調練さぼりたさであることはいうまでもない。