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金子さんとの語らい

 新撰組を訪れるのは、なにも勝の関係者だけではない。双子のしらせを受け、会津からも数名やってきた。勝の手下てかのときとはちがい、会津関係には丁寧かつ相応のおもてなしの精神こころをもって対応する。その分、かれらの滞在時間もながくなる。



 金子家の敷地は、三千坪ある。建坪は百四十坪を有している。それでも、仲間がじょじょに集まってくるおかげで手狭になり、金子家だけではまかないきれなくなってしまった。そのため、村内の滝次郎たきじろうという人のお宅や、観音寺というお寺へ分宿することになった。


 金子健十郎は、名主となる勉強中である。齢二十三歳。当主をついだばかりであるが、しっかりしているいい若者である。ふってわいたような、ぶっちゃけ災厄としかいいようのないこの受け入れも、ひとえに幕府のためと快く受けてくれたのである。


 すらりと背の高い、ひと好きのするような相貌かおに物腰である。時代劇にでてくるような、「めっちゃいい名主さん」感が半端ない。


 ちなみに、現代では東京メトロ千代田線北綾瀬駅から、徒歩で綾瀬川までいったところに「五兵衛新田 金子家 甲陽鎮撫隊滞在地」という遺構がある。それから、足立区立しょうぶ沼公園等、公園がおおいらしい。


 隊士の数が増えるにつれ、気の毒になってくる。これでは、ニート組織である。農作業の忙しい時期ではあるが、ほとんどが素人。役に立つどころか、いらぬことをして手間をかけてしまう始末である。ゆえに、力仕事でなにかあれば、率先して手伝うことにする。


 食事が、最大の難関であることはいうまでもない。双子は、敵味方の動向を探ったり根まわししたりすると同時に、海や山へ漁や猟にいったり、山菜や野菜をとってきたりし、そのうえでめっちゃおいしい食事をつくってくれる。


 そんなうまい食事にありつけるたびに、感謝するとともに情けなくなるのである。


 もちろん、新撰組としての活動がとまっているわけではない。日々の鍛錬や周囲の警備、今戸や江戸市中への出張等、副長の指示の下、おこなっている。その副長みずから、双子とともに、あるいは、双子が渡りをつけたうえで、様々な人や組織を訪れては話をしている。


 新撰組われわれにとって、これが充電期間というのなら、それはそれでいい。だが、刻一刻と流山への移転がちかづいている。すなわち、局長の死が近づいていると思うと、どうにも落ち着かないし、心安らかではない。


「立派な犬ですね。誠に、狼みたいだ」


 以前、原田の奥方のまささんからいただいた櫛で、相棒の毛をすいてやっていると、金子がやってきた。掌に、文らしきものを握っている。


「兼定です。狼みたいだ、というよりかは狼に間違われることのほうがおおいのですが、よく犬だとわかりましたね」


 笑いつつ立ち上がる。相棒は、お座りしたまま金子をみあげる。


「さわってもよろしいですか」


 もちろん、とうなずくと、金子は両膝をおって相棒をこわごわ撫でる。


「子どもたちが、教えてくれたのです」

「ああ、それで・・・。金子さん、こんな大変な状況のなか、ご迷惑ですよね?」


 心にわだかまっていることを、素直に言葉にだしてみる。金子やこの村の人々にとって、新撰組われわれは、迷惑以外のなにものでもない。十二分に理解している。それでも、それについて言葉にだして問わずにはいられないのである。


 金子は相棒の頭を撫でる掌をとめ、おれをみあげる。


 かれは、代々名主をつとめる家柄ながら、着ている着物はさほど高価でもあたらしいものでもない。ごくフツーに、あるものを着回しているのであろう。


 村は、時代劇にでてくるような「お代官様、年貢をまってくだされ」とか、「飢饉で口減らしを」とか、大変な空気は感じられない。そこそこの水準を満たしているようにうかがえる。

 金子家の家人も、華美な恰好とは縁遠いところをみると、質素倹約を旨としているのかもしれない。


「迷惑などと・・・。正直なところ、迷惑より、これからどうなってしまうのかという不安のほうがおおきゅうございます」


 そしてまた、相棒を撫でる。


「そうですよね」


 おおきくうなずいて共感する。


「ここでお世話になるのも、そうながいことではありません。われわれも、いつまでもこちらでうろうろするわけにもまいりませんので」

「ほかのおおくの幕府の方々のように、戦いにゆかれるのでしょうか?」


 かれの問いは、額面通りにうけとるわけにはいかないだろう。

 そのまんまの問いならば、答えは「イエス」の一言でおわる。

 かれは、なんのために?だれのために戦いつづけるのか、を含みをもたせてきいているのである。


「むずかしいですよね。もう戦っても仕方がありません。戦うべき理由も、護るべき人もいないのです。そして、結果はわかっています。負け、という結果が。しかも、戦うこと自体が朝廷に対しての反逆です。そこまでして、幕府われわれが戦うのは・・・。じつは、おれ自身もわからないのです」


 かれのをみ、苦笑する。



「もちろん、ほかのおおくの人たちには、なんらかの理由や事情があるんでしょう。いずれにしても、戦があることで、苦しい思いをされるのは、あなたがたです。こんなふうにして、お世話になったり、今後は、戦地になってあらゆるものが焼けたり傷ついたりし、うしなわれるかもしれません。そして、われわれを受け入れたということで、敵から詮議されるかもしれません」


 金子は、おれのとりとめのないつぶやきを真摯にきいてくれている。視線を相棒に戻し、頭を撫でたり、顎の下をかいたりする。

 相棒は、気持ちよさそうに双眸を細めている。


「わたしたちは、それでも幕府に御恩がございます。これまで、こうしてつつがなく生活できているのは、将軍様のおかげでございます。飢饉やら火事やらがあったとしても、何代にもわたり、護っていただきました。それを、どなた様方の事情で、おおきくかえられようとしています。われわれの事情や気持ちとは関係なく。それがいいのかわるいのかはわかりませぬ。はたして、これまでのままでよかったのではないのか?あたらしきことが必要なのか?わたしたちには、わからぬことでございます」


 金子は、ゆっくり立ち上がる。


 そのタイミングで、金子家の小者がこちらへ駆けてきた。

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