別れのまえの問題
当時、武田観柳斎や谷三十郎など、一癖も二癖もある男たちがいた。さまざまなところからもぐりこんでいる間者もいたかもしれない。
昔からの同志であり、幹部である永倉や原田が反旗を翻すことによって、不穏分子の目星でもつけようとしたのであろうか。
この推測があたっているとすれば、こんな策を考え、指揮したのがだれかは、考えるまでもない。
「愉しかった」
局長のメッセンジャーである俊冬は、永倉と原田をみすえてぽつりとつぶやく。
「わたしにあたえられた使命は、おまえたちのおかげで成し遂げることができた。おまえたちには、おまえたちにあたえられている使命がある。それを無事成し遂げられるよう、祈っている。まえを向き、それぞれの道をあゆみつづけてほしい」
また、言葉をとめる。
永倉も原田も、両膝を地につけ泣き崩れている。いろんな思いが、渦巻いているのだ。
局長の想いだけでなく、永倉と原田のそれを思うと、おれ自身も涙をおさえることができない。
斎藤も同様である。俊春も、感じているようだ。
人通りがなくてよかった。第三者からみれば、狼みたいな犬がじとーっとみ護るなか、六人の男が道の真ん中で泣き崩れているの図は、シュールをこえて恐怖レベルであろうから。
「主計」
不意に呼ばれ、あわてて二の腕で涙を拭う。俊冬が両膝をおり、永倉と原田の肩をやさしくさすっている。
「おぬしのせいではない。局長は、武士としての覚悟、決意をしていらっしゃる。けじめをつけられる。それを、副長も感じ、覚悟をされておいでだ。それを、われらが説得したり愚策をこうじるは、局長ご自身を愚弄することとなる。われらにできることは、局長のその想いに・・・」
俊冬の言葉が止まる。永倉が、肩をなでる俊冬の掌を握っている。
「悪かった」
永倉は涙声でつぶやきつつ、立ち上がる。が、ふらついている。それを、いつの間にかちかづいていた俊春が支えてやる。
原田も、俊冬にささえてもらいながら、どうにか立ち上がる。
「悪かった」
さらに詫びる永倉。無意識なのであろう。俊春へと右掌を伸ばすと、女子予防の坊主頭をあらっぽく撫でる。
「兄貴を、案じさせるな」
口の形をおおきくし、告げる。俊春は、素直にこくりと頷いた。
「主計、みなに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「ええ、努力いたします。永倉先生、油断されないでください。運命にさからい、生き残った者がいるということは、その逆もありえるということです」
永倉から強烈なロス感がでている。思わず、忠告してしまった。
死ぬ運命にある原田のほうが、かえって気丈に感じられる。
永倉は、はっとしたようである。その掌を、俊春が握る。ついさきほど、自分の頭を撫でていた、永倉の掌である。
「永倉先生。まだ出会ったばかりの時分、京の屯所の道場で、わたしが申しあげたことを覚えてらっしゃいますか?「あなたとなら、存分に剣をふるえそうだ」、と申し上げたことを」
まだしりあったばかりの時分、そのときは同心をよそおっていた俊春が、剣術の稽古にやってきたことがあった。もちろん、部外者なのでこっそりとであるが。
そのとき、かれはたしかに永倉にそのようにいっていた。
「ああ・・・。覚えている。世辞でもうれしかったからな」
永倉は、ソッコー応じる。
「世辞でも御愛想でもございません。心からそう願ったからです。あなたの剣は、日の本でも並ぶ者なきもの。どうか、たやすことなくつぎへと繋げてください」
俊春の真摯な願いに、永倉は一瞬、視線をそらせたがすぐにそれを戻す。
「ならば、約束しろ。この戦がおわったら、一勝負だ。俊冬、おまえもだ。おれと左之、斎藤に総司に平助。ついでに主計も。全員で、おまえら兄弟に挑んでやる」
つぎは、俊春が視線をそらせる。口の形で、永倉の願いはわかったはず。わかっていながら、視線をそらせた。刹那以下の間ではあったが。
それがかなわぬことがわかっているのでいたたまれなかったのか、あるいは罪悪感かなにかからか、無意識のうちにそらせてしまったのであろう。
「ええ、よろこんで。ただし、副長は勘弁してください。後始末が大変です」
副長のことは、ごまかしである。永倉は、それに気がついたはずだ。
「無論だ。どうせ土方さんのいんちき剣術など、おまえらにきくわけもないしな」
永倉も、ごまかしに気がついてもそう応じるしかない。
「さぁ、そろそろゆこう。林信らがまっている」
涙を拭い、原田がせかした。これ以上は、別れが辛くなるだけだといわんばかりに。
「ハグだな」
それから、かれは全員をみながら謎断言した。
「否、接吻か?」
いったい、なにについての疑問なのか?
「ほら、おれたちの仲であろう?うすーい別れなんざ、らしくない。うむ。やはりここは、濃厚すぎるくらいの別れ方でなくばな」
いまのすべてにツッコミたい。だが、いくら関西人でも限界がある。
まだまだ修行が足りない・・・。
そんなツッコミ役の敗北感以上に、戦慄が背を駆けた。おそらく、提案した当人以外は背筋に冷たいものがはしったはず。
自分も含め、原田が提示した選択肢について思案した。そのとき、双子と相棒がおれのうしろをみていることに気がついた。
「なにをやってやがる?」
うしろから怒鳴られ、思わず飛び上がりそうになった。
「土方さん」
「副長」
月明かりの下、さっそうとあらわれしは歴史上でもトップクラスのイケメンである。
厳密には、イケメンだけではない。大小三名の付き人がいる。
「兼定」
ちっちゃいほうの付き人の市村と田村が、相棒に抱きついた。
「なんだか、エロイ雰囲気だなぁ。ねぇ、副長?」
そして、現代っ子野村の謎解釈。
これのどこがエロイっていうんだ、野村?
問われた副長は眉間に皺をよせ、それについてはスルーした。おれたちを一通り睨みつけ、あったことを推測している。
もっとも、灯火はなくとも月光の下だれもが泣き腫らした相貌である。推測するまでもないだろう。
「餓鬼どもが、おまえらに挨拶してねぇって騒ぐからよ」
しばしの沈黙ののち、副長が視線を永倉と原田に向け、そうきりだした。