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別離への道

「林は、芹澤さんの暗殺のこともしっているからな。承知した。あいつは、いいやつだ。旅の道連れにちょうどいい。丹波に連れてゆくさ。平助が生きていることをしれば、近藤さんと土方さんへの誤解もとけるであろう」

「残りは時期をみて、おれがなんとかする」


 原田と永倉が、そう約束してくれた。


 そうして、林たちも宿をでてゆくことになった。いや、新撰組を抜けることになったのである。


 永倉と原田という、組長たちとともに。


 ほかの隊士たちも、廊下にでてきてざわめいている。局長の部屋から怒鳴り声がきこえ、慌てて飛びだしてきたのである。


「おうっ!おれと左之は、近藤さんとの意見の相違で抜けることになった。みな、元気でな。どこにいようとも、おれたちの目的はおなじ。あゆむ道がちがうだけだ」


 永倉が、わざとあかるく声をかける。原田は、声をかけることもできぬらしい。

 隊士たちは、突然の出来事にかたまってしまっている。だれかがなにかをいうまえに、永倉と原田は足早に宿をでていってしまう。林らもふくめ、おれたちもそれを追う。


「おまえら、吉原に「岡田屋おかだや」という一杯呑み屋がある。宇八のいきつけの呑み屋だ。さきにいっててくれ。おれと左之も、すぐにゆくからよ」


 宿をでてしばらくあゆんだ四つ角で、永倉が林らをうながす。


「斎藤先生、双子先生。それから兼定、お元気で」


 林がいい、五人は同時に頭をさげる。


「おっと、兼定の世話係の主計。みなの足手まといにならぬようにな」


 林は両膝を折り、お座りしている相棒を撫でながら、にんまり笑う。


「ちょっ、ひどくないですか?」


 つられて笑いつつ、クレームをつける。

 そして、掌を差しだす。


 一瞬、林は驚いたようだが、これが異国人の習慣であることに思いいたったようである。笑いながら、掌を差しだしてくる。


 かたい握手をかわす。ついで、矢田、中条、前野、松本と握手をかわす。かれらは斎藤と双子とも握手し、相棒を撫でてから去っていった。



「くそっ!まさか、宇八のやつが先手をうつなんて、思いもよらなかった」


 かれらの背をみ送ってから、永倉が軍靴で地面を蹴りつつくさる。


「よほど、お二人にきてもらいたいのでしょう」


 大人なおれは、あたりさわりのないことをいっておく。


「ああ、主計?おまえの考えてるとおりだ。あいつは、京で名を馳せ幕臣になったおれたちを、やっかんでるだけだ」


 ちぇっ・・・。おれの表情かおで、またしても心中をよんでくる。


「でっ、そのおれたちの上の立場に立ち、顎でこきつかいたいってな」


 原田は、怒りというよりも呆れている。


「やってられるか。やつなど・・・」


 永倉はいいかけ、口をとじる。


『くたばっちまえばいいんだ』


 そういいたかったにちがいない。


「あの・・・。いったかもしれませんが・・・」


 いくらこすい男とはいえ、かれの将来さきをしっている以上、それをしらぬふりするのも気がひける。


「市川さんも亡くなります」


 永倉のをまっすぐみ、そう告げる。


「戦で?」


 永倉はいらぬことはいっさいいわず、それだけ尋ねてくる。無言でかぶりをふる。


「いまから数か月後だと思います。奥方の兄、市川さんにとっては義兄にあたる方の同僚と口論になり、斬り殺されるのです。理由まではわかりませんが」

「ああ。それだったら、納得できる。戦で死ぬよりかはずっとな」


 どういう気持ちであろう。すくなくとも、新撰組うちのだれかが死ぬというよりかは、はるかにテンションが低い。


「ちっ、その気はないってのに、このままあいつに合流したら、あいつの思うつぼだ。こうなりゃ、すこしでもはやく抜けてやる」

「新八・・・」


 原田が慰めるかのように、永倉の肩に掌をおく。


「永倉先生、原田先生」


 そのタイミングで、それまでずっとだまっていた俊冬が、一歩まえにでる。同時に、懐から布包みをとりだし、永倉と原田に差しだす。


「局長より、預かっております」


 永倉はなにかわからぬまま、さしだされた布包みを受け取る。


「そのままお伝えします」


 俊冬は、永倉と原田のまえで脚を肩幅にひろげ、息をすいこみそれをとめる。


「新八、左之。これまでのこと、心より礼を申す」


 その一言・・・。

 いわれた永倉と原田は息を呑み、それを盛大にふいてしまう。


「近藤さんまんまじゃないか」

「さすが俊冬!近藤さんだ」


 永倉も原田も茶化しているが、その声はそうとうにしんみりしている。


「そのすべての労に報いたいところなれど、状況が状況であるためなにもできぬ。準備したもので、わたしの感謝の気持ちのすべてではない。なれど、それがなんらかの形でおまえたちの役に立つよう、切に願っている。たとえいかなる別れ方をしようとも、わたしはおまえたちを信じている。総司や平助、そして、歳や斎藤君には、おまえたちの存在そのものが、力強く感じられるであろう。おまえたちはおまえたちらしく、おまえたちの道をあゆみつづけてほしい。たとえ、なにがあろうと、おころうとも。おまえたちはもう、新撰組とはなんのかかわりもないのだから・・・」


 局長・・・。これほど感動的な別れの辞を、これまでにきいたことがあったであろうか。


 しれず、涙が頬をつたっていることに気がつく。

 そっとみまわすと、メッセンジャーの俊冬以外、涙を流している。


 永倉の胸にある布包みのなかみは、金子にちがいない。


 永倉は、胸元の布包みをぎゅっと抱きしめ、無精髭におおわれている相貌かおで、それを頬ずりする。



「あんたは、いつだってそうだ。「池田屋」のあとのことだってそうであろう?新撰組のために、あんたが悪者にならなきゃならなかった」


 永倉が、ここにはいない局長に訴える。


「池田屋」のあとにつづく「禁門の変」の後のことである。新撰組の活躍を、会津が高評価してくれた。それこそ、星が四つ半つくくらいに。

 それにより、局長が増長したとして、永倉と原田が中心となり、会津に訴えでた。

 かれは、そのことをいっているのである。


 そういえば先夜、永倉はそのことをいいかけ、中途でやめていた。副長がやってきたからである。



 新撰組は、「池田屋」とそのあとにつづく「禁門の変」あたりが、絶頂期だったのかもしれない。


 それは兎も角、その大手柄により、局長が調子こいているというのだ。それを諫めるため、永倉と原田が中心となり、会津に訴えでたのである。


 史実では、永倉や原田は、切腹を覚悟していたらしい。


 結果は、会津のとりなしでことなきをえた。



 その一件が、なんらかの理由によって仕組まれた芝居だったとでもいうのか?

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