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今生の物別れ

「新八、左之。これまでのこと、礼を申す。いますぐ、でていってほしい。否。ここから、でてゆけ」

「なっ、近藤さん、なんでそうなる?」

「そうだぞ、近藤さん。なにゆえ、でてゆかねば・・・」


 永倉につづき、原田がいいかける。局長は、それをでかくて分厚い掌を上げて制する。


「おまえたちが戻ってくるまでに、宇八郎君がやってきた。なんでも、おまえたちが隊を結成するとかで、誘われたと。「近藤さん、あんたも隊士として誘おうかと思っている。幹部二人が反旗を翻すようなものだ。新撰組はどうなるのかね」と笑っていたよ。おまえたちの真意は、わかっている。わたしは、おまえたちにつかわれるつもりはない。それに、新撰組ここにいるつもりもないのにとどめるつもりもない」

「はぁ?あの野郎・・・。近藤さん。あんた、かような与太話・・・」


 永倉の唖然とした表情かおと言葉。それもまた、さきほどとおなじ掌がさえぎる。


「わたしは、単純だ。他人ひとの話を、すぐに鵜呑みにしてしまう」


 局長は、言葉をとめる。


 この想定外の展開に、だれもがついてゆけない。


「宇八郎君は、隊士たちにも声をかけていた。新八、左之。おまえたちについてゆきたい者もいるであろう。その連中も同様に、放逐する。もう、相貌かおもみたくない。斎藤君、俊冬、俊春、主計。新八と左之を、ここから放りだせ」

「そ、そんな・・・。副長、いいのですか?」


 斎藤の狼狽っぷりは半端ない。ってか、おれなど、動揺しまくり声もでない。


「かっちゃん、いいんだな?」


 副長の穏やかで静かな問いに、局長はうつむき一つうなずく。


「斎藤、俊冬、俊春、主計。局長の命にしたがえ」


 副長は、穏やかにおれたちに命じる。


「礼を申すのは、おれたちのほうだ。近藤さん、あんたの武運を祈っている」

「近藤さん。関羽かんうのごとき活躍を、心より祈っている」


 永倉と原田はささやいてから、勢いよく立ち上がる。


「ああ、ああ、わかったよ。畜生っ!手切れだ手切れっ!こんなとこ、こっちからでていってやるよ」

「近藤さん、みそこなったぜ。いこうぜ、新八っ」


 叫ぶなり、脚音高くでていってしまう。


 副長のアイコンタクト。追って、最後の別れをしてこいと・・・。


 おれたちも、あわてて二人を追う。


「組長、永倉先生」


 途中、数名の隊士たちが廊下に立っているのにでくわした。藤堂の組の伍長を務めたことがあり、最終的には原田の直下で隊士たちをまとめている林信太郎はやししんたろうである。


 年齢としはアラフォーと聞いているが、ずいぶんと若くみえる。武蔵国の出身で、新撰組がまだ壬生浪士組とよばれていた時分ころに入隊した、古参の一人である。


 藤堂とずいぶん仲がよかったらしい。

 細身で背がひくい。男前というわけではないが、相貌かおはこぶりで精悍な面構えといった感じである。


 かれは、御陵衛士たちを粛正する「油小路事件」には出動しなかった。

 伍長として、出動命令がでていたにもかかわらず、直前に「腹が痛い」といってブッチしたのである。それが仮病だということは、だれもがわかっていたが。


 かれは、藤堂への想いを選んだのである。


 念のためであるが、その想いというのはBL系ではないと思う。たぶん、だけど。


 結果、かれは事件後にみずから伍長をおり、井上の組へ移った。それから、原田の直下になったのである。


 原田に連れていってほしいと願いでているかれをみながら、またしても死神モードに入ってしまう。


 林信太郎・・・。


 かれは靖兵隊に入ってから、水戸で久留米藩士と戦い、散るのである。


「おうっ、林信はやしん


 原田は、自分の組の伍長で重傷を負い、いまは沖田や藤堂や山崎と丹波にいる林と区別するため、林信太郎を略して呼んでいる。


 林以外に、矢田やだ中条なかじょう前野まえの松本まつもともいる。


 かれらの名は、靖兵隊についてのウィキに記載されていたと思う。が、名前まで覚えていなかった。しかし、ウィキには、林をふくめて五名の名が記載されていたと思うので、これであっているはず。


「あの・・・。市川という方からききました。お二方が新撰組からでてゆかれ、あたらしい隊を組織されると。わたしたちも、加わりたいのです」


 市川宇八郎は、局長だけでなく新撰組そのものに営業というかヘッドハンティングというか、兎に角、人材の確保を試みたのである。


 なにも新撰組から引き抜かなくっても、諸藩の脱走兵や幕府直下の歩兵や旗本など、合計で百名ほど集まったはず。


 市川は、よほどプライドが高いのか競争心が強いのか、あるいはほしい物はなんとしてでも入手したいのか、なにがなんでも感が半端ない。


 永倉と原田は、たがいに相貌かおをみあわせている。


「いや、おまえたち・・・。新撰組ここからでていったところで、なにもいいことはないぞ」

「わたしたちは、組長たちといたいだけです」


 かれらがやりとりしている間に、肩を並べて立つ俊冬に合図を送った。

 おれの心中をよむのが、永遠のマイブームである俊冬である。伝えたいことは、即座に伝わった。


「僭越ながら、市川殿は旗本などにもお声をかけていらっしゃるようでございます。かれらが、新撰組われわれをよく思っていないのはご存知かと」


 俊冬は、すぐに林らの気をひいてくれた。その隙に組長たちに合図を送り、すこしはなれたところへ移動した。



「ああ?主計、つぎはだれだ?」


 永倉が、さっそくおれの表情かおをよんだ。呆れたように尋ねてきた。


「林さんです。水戸でです。残りの方は不明です」

「くそっ!つぎからつぎへと・・・。ならば、やはり残すわけにもいかぬな・・・」


 永倉がいい、原田とともにちらりと林をみてからこちらへ視線を戻した。


「戦そのものから遠ざけた方がいい。林さんは、「魁先生」を心底慕っている。離隊を望むのも、御陵衛士暗殺のめいがだされたことに不満があるのやもしれぬな」

「おいおい、斎藤。平助は、おれと左之が斬ったことになっているんだぞ。もっとも、あれは俊春が演じてたけどな」


 斎藤の推測に、永倉が苦笑した。

「魁先生」とは、藤堂の二つ名である。


 そう。おねぇの死体を餌に、御陵衛士をおびきだしていっきに決着かたをつけた「油小路事件」。史実では、藤堂、服部、毛内が新撰組によって殺られた。


 事実は、三人とも生きている。藤堂は丹波で、服部と毛内は、おそらくそれぞれの郷里で。


 あのとき、俊春と斎藤とおれとで、かれらの影武者をつとめたのである。

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