斎藤 おねぇに喰いつく
局長が上座に。副長と俊冬は、そのまえに左右にわかれて座している。
俊冬は、正座のままさりげなくうしろへひき、永倉に座をゆずろうとする。
「おい、俊冬。おれは気にしない。いてくれ」
「永倉先生、親しき仲にも礼儀ありと申しますゆえ」
「なにいってる?おまえは、新撰組の参謀みたいなもんだろうが」
「参謀?おねぇとおなじ?そういえば、俊冬のおねぇは、誠のおねぇ以上におねぇであった」
斎藤が、永倉と俊冬の会話に割り込み、喰いついてくる。
まぁたしかに、俊冬のおねぇは完成度が高かった。もはや本人を越え、究極のバージョンへと進化していた。
「局長や副長に、ぜひともおみせしたかった。あれは見事すぎて、いっそおねぇ本人にはこの世から消えてもらい、俊冬になりかわってもらえばと思えるほどのものでございました」
さいとーーーーっ!いったいあれのどこが、あんたをそこまで感動させるのか?いまの状況にまったく関係がないばかりか、敵だったおねぇのそっくりさんをほめちぎっている。
それはいまここで、このマジなシーンに必要なことなのか?
斎藤、もしも場の雰囲気をなごませようという配慮なら、かなりイタすぎるぞ。
「あら・・・。いやだわ、斎藤君。そこまでほめていただいても、なんにもお返しができなくてよ」
そして、異世界転生でエンターテイナーをやっていた俊冬。そくざにのっかってくる。
「おお、まさしくおねぇ」
なにゆえか、ぱっと相貌を輝かせ、興奮する局長。
一方、突然の「おねぇ様降臨」に、ぎょっとした表情で腰を浮かしかける副長。
「これこれ。これこそがおねぇ。伊東先生、大好きな副長に、なにか句を詠んであげてください」
「おまっ・・・。斎藤、いったい、どうしちまったんだ」
「斎藤。おまえ、大丈夫か?」
この異常な喰いつきに、永倉も原田も驚異というよりかは脅威を抱いたらしい。あわてまくっている。
いや、マジでどうしちまったんだ、斎藤?
そのタイミングで俊春が戻ってきた。
「『逢ふまでと せめて命の惜しければ 恋こそ人の命なりけり』」
俊冬が、さらりと詠んだ。
俊春をのぞく全員が、かれに注目した。
「うふっ」
語尾にハートマークがつきそうな勢いで、俊冬は華奢な肩をすくめた。
「以前、詠んだ句ですわ」
「誠のおねぇのようだ。誠の・・・」
それまで大興奮ではしゃいでいた斎藤が、不意に口を閉じた。
うつむくその肩が、わずかに震えを帯びている。
「斎藤君・・・」
「斎藤・・・」
局長も副長も永倉も原田も、斎藤をみている。
「いまの句は、おねぇが詠みました句で、『後拾遺』の堀川右大臣の本歌取りでございます。おねぇはおねぇなりに信念があり、人間が好きなのです。無論、特定の男という意味においてもです」
俊冬は、副長をみてやわらかく笑った。
「人間そのものが、好きなのですな。思想や信念、みるものや向かうさきはちがえど、人間が好きすぎて奔走したくなる。斎藤先生。それは、ここにいらっしゃるあなたがたにもいえること・・・」
「なにゆえ、なにゆえ京にいた時分のまま、すごせぬのだ?局長と副長がいて、新八さんに左之さんに源さんに総司に平助がいて、敵と真剣に生命のやりとりをし、馬鹿なことをやっては叱られたり笑ったり・・・。芹澤さんやおねぇらと内輪もめがあり、認められて幕臣になり・・・。さして難しくない単純な日々が、なにゆえつづかぬ?否。それであれば、いっそのこと試衛館での日々がずっとつづけばよかった。貧乏で貧乏で、その日の糧を案じ、隣村の畑から作物を失敬したり路傍の草や山の茸を食しては、腹を壊したり死にかけたり・・・。出稽古に出張る中途で空腹でいきだおれそうになったり、借金取りに半殺しの目にあったり・・・。かような苦労の連続の日々が懐かしい。なにゆえ、その日々がつづかぬのか・・・」
すまない、斎藤。ガチでシリアスなシーンであることは承知している。ゆえに、心中で叫ばせてくれ。
いまの後半部分は、「絶対にいやだ!」と。
「斎藤、すまぬ。おれも左之も、気持ちはおなじだ。いろんなことがあったが、ともにやってこれてよかったと思っている。死んだ山南さんや源さん、それから総司や平助も含め、この面子でよかったとつくづく実感している」
永倉が鼻をすすりあげた。
「ならば、いいではないですか?おれの伝えたことなど、忘れてください」
思わず、提案していた。永倉と原田が残ることで史実に狂いが生じれば、このあとにつづく局長のことも狂いが生じてもおかしくない。そうなれば、さらにこのさきのことも、狂わざるをえなくなる。
倫理的にはタブーである。だが、理論的、心情的にはありなんじゃないのか?
そうだ。いっそ、永倉も原田も残ればいい。そして、明日にでも江戸からでてゆき、流山を避けて会津にゆけばいい。
会津で、それからさきのことは考えればいい。
「斎藤君。そうだな。あの時分が懐かしい。みなが食客としてきてくれたからこそ、貧乏でも励みになった。毎日が充実し、あかるかった」
局長が、ぽつりぽつりと語った。その声もまた、涙声である。
「が、世の流れに取り残されているのではないか。なすべきことをなさず、片田舎のしがない道場主としておわってしまうのではないか。つねに焦燥と無力感に苛まれていたこともたしか。あのとき京に上らねば、あのまま無為ではあるが生きてはおれたのであろう」
局長のいまの最後の言葉に、やはりという諦念に苛まれた。
「いや。やはりわたしは、これまであゆんできたことに後悔はない。歳や山南君。源さんや新八や左之。斎藤君に総司に平助がつくってくれた道をあゆめたことが、わたしにとってなによりのこと。わたしには、それ以外考えられぬ。たとえその道がゆきどまりであろうと、わたしはこのままあゆむつもりだ」
だれもがうなだれ、その話をきいている。視線をあげることができない。
視線をあげ、現実を目の当たりにするのが怖いのだ。




