最後の晩餐
もっとも、だれかが通ったしても、幕府の兵士が小者を連れてあるいている、くらいにしか思わないだろうけど。できるだけ、かかわりあいにならないようにするだろう。
「兼定、ゆっくり挨拶できぬやもしれぬのでな。いまのうちにいっておく。世話になったな。愉しかった。これからは、散歩係よりおまえのほうが頼りになる。斎藤や俊冬や俊春とともに、土方さんやみなを頼むぞ」
ちょっ、永倉。このシリアスなシーンで、まだおれをこけおろすのか?
それは兎も角、二人は相棒のまえに両膝をおり、目線をあわせる。
「兼定。おまえには、おれの体躯の面倒までみてもらった。おまえの体躯のすべて、おれは一生忘れないぞ」
ちょっ、原田。両刀であるばかりか、そっち系の異常性癖の持ち主だっていうのか?ってか、両刀っていうところも疑惑の域をこえてはいないが・・・。
「あぁそういや、左之はよく兼定を湯婆がわりにしていたよな」
「ああ、新八。ったく、林とよくとりあったもんだ。あいつは、紀伊の出身のくせに、寒がりでいかん」
「あー、左之さん。それは、目糞鼻糞というのではなかろうか?」
斎藤が、さわやかな笑みとともに突っ込む。
そういえば、そうだった。原田は、沢庵で相棒をつっていたんだった。
当然のことながら、ほっとする。
「そんな瞳でみるなよ。案ずるな。おれたちは、だれかさんよりずっとしっかりしているし、要領もいい。生きて、またおまえに会える。なぁ、左之?」
「ああ。かならずな」
その瞬間、相棒がまずは永倉を、ついで原田の相貌を、具体的には頬をなめた。といっても、べろり、というわけではない。あくまでも控えめにペロリといった程度である。
驚きである。こんなこと、する相棒ではないのに・・・。
「くすぐったい。ああ、約束だ」
永倉は、鼻の頭を相棒のそれへとあわせる。ついで、原田もおなじように鼻と鼻をすりあわせる。
それを、副長や斎藤、双子がにやにや笑いでみている。おれも、にやにや笑ってしまっている。
泣く子もだまる新撰組の組長二人が、相棒にでれでれなのだから。
そして、おれたちはまたあゆみはじめた。
宿に戻ると、ちょうど夕餉の最中であった。とはいえ、全員ではなく、疲れきって部屋で泥のように眠ったまま起きてこない者もいるという。
疲れより、喰い気が勝っている者が、大広間でもりもり喰っている。
一番手前にいる隊士の膳をのぞくと、鰺かなにかの魚のひらきに納豆、野菜盛りだくさんの味噌汁に漬物に白米の飯という、朝食メニューのごとき夕餉である。
「あっ、双子先生」
大広間に入ってゆくと、みな、副長をさしおき、双子をみてわく。
胡坐をかいて喰っている数名が、膳の上を意味ありげにみてから両肩をすくめる。
なるほど。みな、双子の飯でずいぶんとグルメになっている。この当時ではオーソドックスなこの献立も、ずいぶんと貧相に思えるのだろう。
「ったく・・・。歳冬、俊春。おまえらが、副長をやるといい」
副長が、苦笑とともに提案する。
「さしずめ、「食の副長」といったところでしょうか」
俊冬もまた、苦笑とともに返す。
副長は、局長の部屋へゆく。双子は、相棒にはぶっかけ飯を、寝込んでいる隊士たちのためにはおむすびを握り、そのあとに局長と副長の給仕をするといい、でていってしまう。
おれたちも、さっそく夕餉をいただくことにする。
まずは厨にゆき、宿の人に頼んで用意してもらい、お膳ごと大広間に運ぶ。
掌をあわせ、すべてに感謝し、食事開始。
組長三人とおれは、このときばかりはいつものロックオンすることもされることも忘れ、一心不乱に食す。それはもう、すごい勢いである。
すでに食べおえた隊士たちが、飯や汁物や茶のおかわりを頼みにいってくれる。
所要時間わずか10分弱。これは、体感的なものではなく、おれの懐中時計によるものである。
斎藤とおれは常識の範囲内の量、つまり、飯を二杯おかわりした程度である。
永倉が八杯、原田が一歩およばず七杯。たった10分の間に、飯をおかわりするなんて・・・。
どんだけ大喰いで早喰いなんだ。二人の底力を、あらためて認識する。
それは兎も角、やっぱ双子のつくってくれたものだよなー、とこちらもまた、再認識する。
宿の食事がしょぼいとかまずいってわけではない。総合点である。
そんなことを考えつつ、茶をすすっていると、副長がやってきた。いつものように眉間に皺をよせ、大広間内をぎろりとにわみまわす。
喰いおわった隊士たちも、部屋にもどってくつろぐわけでもなく、大広間で寝転んだり駄弁っている。
これは、京の屯所での慣習である。
「局長が、お呼びだ」
副長は、それだけを告げると大広間をでてゆく。
組長たちが、それにつづく。
副長は、だれ一人として名指ししたわけではない。つまり、局長がだれを呼んでいるのかわからない。
ゆえに、おれもついてゆくことにする。
局長の部屋は、隊士たちとおなじ十畳間である。ただし、隊士たちが四、五名で相部屋になるところを、副長と二人なのである。
廊下をあるいていると、ちょうど部屋のなかから俊春がでてきたところである。胸元に膳を二つ抱えもっている。
言葉にはださず、アイコンタクトで局長の様子を尋ねる。っていうか、組長三人も、おれと同様局長の様子を尋ねたいにちがいないって勝手に思っている。
俊春は、四人の眼力に屈することもたじろぐこともない。
ただ単純に、両肩をすくめただけである。そして、障子はあけたままですれちがい、厨のあるほうへと廊下を去ってゆく。
「近藤さん、入るぞ」
そういって了承をえる、永倉の声がかたい。原田と斎藤の背も、緊張感があふれまくっている。
「飯は喰ったか?」
先頭の永倉が部屋に入ったタイミングで、局長の声がきこえてきた。
その声もまた、気のせいか緊張がにじんでいるような気がする。
「ああ。たらふくな。やっとひと心地ついた」
「おまえと左之は、昔から飯と女子さえあれば、ほかはなにも頓着しなかったものな」
「いやいや。飯は兎も角、女子にかんしちゃ、おれは関係ない。あんたと土方さん、それに左之であろう?」
局長と永倉のそんな他愛もない会話をききながら、部屋に入った。
「おいおい主計、おまえは呼んでいない。ゆえに、でてゆけ」
と、意地悪なことをいわれなかったので、しれっと組長三人につづいたのである。




