ごまかし 高飛車 喰いしん坊
「左之、わかってるな。おまえは、おまえ自身のことだけを考えろ。せっかく、かっちゃんと主計が、生き残る機を与えてくれるんだ。それを無碍にするな」
「ああ。わかってるよ、土方さん」
「いいや、わかっちゃいねぇ。おまえ、江戸に潜伏し、かっちゃんを助けるつもりだろうが?」
「・・・。はあ?俊冬や俊春ならいざしらず、おれになにができる・・・」
不自然な間ののち、原田はせせら笑う。
ビンゴだったわけだ。
「いいかげんにしやがれっ。左之っ!それから新八、おまえもだ。左之は、丹波へ。新八は、宇八と戦に。それぞれ、筋書き通りにいくんだ」
いつものように、副長は高飛車であるが、そこにこめられているのは、二人を心底案じている気持ちである。
永倉と原田は、声もなくうなだれる。
「左之。丹波にいったら、総司や平助たちによろしくな。話をききたがるだろうが、そこはおまえに任せる。無論、松吉やお美津殿にも、俊冬と俊春が元気だってことを伝えてくれ」
副長は、双子へ視線をはしらせながらいう。
松吉は俊春の養子で、お美津は双子の腹違いの姉である。
丹波は、そのお美津の母親。つまり、双子にとっては義理の母親の実家なのである。そこからのいただきものということで、松茸を腹いっぱい喰わせてもらったことがある。
いや、あれはマジでうまかった。もう二度と、あんな高級なものは口にできないだろう。
おっとそれは兎も角、かなり田舎だということで、なにかといえば、そこに世話になっているわけである。
一見、原田はリラックスした姿勢のまま、無言で副長とみつめあっている。
かれが唇をなめた。おおきな掌は、太腿の上で指を組んでおかれている。指のささくれを、爪でしきりにけずろうとしている。
「土方さん。あんたがそう申すのなら、そのように伝えよう。だが、総司に近藤さんの凶報など、おれは告げる自信はない。そうせずにすむよう、なんとかしちゃくれまいか」
原田は嘘を隠すため、わざと話を蒸し返す。
それに、副長が気がつかぬわけはない。もちろん、副長以外の者も。
「ああ」
わかっていても、副長はそう応じた。
原田は、そのときまで、江戸に潜伏するつもりなのかもしれない。いや、絶対にそうするつもりだ。
それだと、史実通りになってしまう。かれは、上野で死ぬことになっているのだから。
副長は立ち上がると、机の向こうからこちらへまわってきた。
永倉が、場所をゆずって脇へ寄る。同時に、原田と斎藤が立ち上がった。
「かっちゃんとおまえらがいいあいになったら、おれはかっちゃんの味方をしておまえらを罵倒するなりなんなりすることになる。うり言葉にかい言葉ででてゆくおまえらを、追いかけることもできぬ。ゆえに、いまのうちに礼をいっておく」
永倉と原田を交互にみながら、そう告げた。
「くそっ。土方さん、あんたらしい。こういう別れ方は、おれたちっぽくなかろう?」
永倉の涙声。
「ああ。新八の申す通り。「鬼の副長」は、いつでも傲慢で鼻もちならない態度でなきゃな」
さらには、原田の泣き声。
副長も泣いている。涙が、形のいい頬に筋をつくる。
そして、拳と拳を打ち合わせる。
おれたちは、宿へと戻ることにした。
永倉と原田の一世一代の芝居をみるために。そして、わかれのために・・・。
島田は医学所に残り、逃げてきた仲間がやってくる対応をするという。
ゆえに、宿にむかってとぼとぼと歩をすすめた。
いつもの定位置にいる相棒も、空気をよんでかその足取りは重い。
「おれたちは、夕餉も喰わずに追いだされるのか?」
まえをゆく原田が、肩を並べる永倉に尋ねた。その長身の背は、かわらず頼もしい。が、ちょっぴり寂しげである。
「ああ?おまえよく、かようなこと・・・」
永倉がいいかえそうとし、途中で言葉をとめる。うしろからみていると、腹のあたりをさすっているようである。
「たしかに・・・。そういえば、逃げてくる途中で、俊冬と俊春が差し入れてくれた握り飯を喰ってから、なんにも喰っちゃいないな」
「だろう?一日、ばたばたしていたもんな」
そのとき、斎藤がふきだした。
「新八さんと左之さんらしい。わたしはこれからずっと、あなたがたのことを喰いしん坊と記憶しつづけるんでしょうな」
「なにいってやがる、斎藤。まぁ、否定はせんがな」
永倉は、苦笑しつつごつい掌で斎藤の肩を叩いた。
「ああ。おまえららしいよ。案ずるな。かっちゃんがなにかいおうとしても、さきに夕餉をってさえぎってやるから」
副長も苦笑している。
夕餉は、すこしでもわかれをひきのばすいい訳にもなる。
「相棒、腹が減っているだろう?宿で、沢庵をだしてくれたらいいんだがな」
みおろすと、いつものように「ふんっ」とツンツンしている。
そのやりとりを、永倉と原田がききつけたようである。二人とも歩をとめてこちらへ向き直ると、ちかづいてきて相棒のまえで両膝をおる。
先頭の副長と斎藤も、おれと肩を並べている双子も、同様に歩をとめてその様子をみ護る。
町は、すっかり静かになっている。まだ宵の口。いつもであれば、人通りもある時刻なのであろう。敵が迫りつつあるいま、町の人々もそれを肌で感じている。
幕府軍は、敵に蹂躙されるくらいなら町に火を放って焼き払ってしまうつもりだ、という噂が流れている。すでに江戸の町を引き払い、逃れている人々もすくなくない。
その噂は、まったくのガセではない。勝は、西郷との会談が失敗するようなことになれば、江戸の町を焼き払うつもりで、そのように指示していたという。かくいう、新門辰五郎ら火消したちにである。逆にいうと、勝はそれだけの覚悟をもって、会談にのぞんだというわけである。
結果的に、会談は成功する。ゆえに、江戸の町も焼き払われずにすむ。もっとも、上野の戦など局地的に戦闘がおこなわれるので、江戸の町も無傷というわけにはいかないが。
それでも、壊滅はまぬがれる。
というわけで、人通りがないので、おれたちが道の真んなかでなにをしようが、不都合はないわけである。