イケメンはなにをやってもかっこいい
永倉は、島田を新撰組に誘ったことを後悔しているだろうか。ふと、考えてしまう。
「大丈夫ですよ、島田先生。お二人は、平和になったらまた再会できるかもしれません」
思わず、並び立つ島田をみあげ、そういっていた。
そう。明治になり、二人が京で再会するという記事をwebでみたことがある。
「頼むな、魁」
永倉は立ち上がると島田のまえに立ち、左腕を伸ばして島田のごつい肩を叩く。
「ばちっ」というするどい音が、室内に響く。
それから、二人はどちらからともなく掌をだし、握手をかわす。
これ以上の言葉は必要ない。握られる掌、みかわされる視線。これらがすべてを語っているのだから。
島田は、原田とも別れを惜しむ。
そのあと、おれたちに気をつかってか、傷病人の様子をみておきたいので、宿にさきにもどっていてくれといい、部屋をでていってしまった。
「さて、と。おれたちも宿にもどるとするか。疲れたであろう?」
副長はおれたちをみまわしつつ、椅子から腰をあげようとする。
「ちょっとまってくれ、土方さん」
それをおしとどめる永倉。机にちかづき、それに両掌をたたきつけるようにおく。
「おれと左之は、戻ったら抜けることになる。近藤さんに呼ばれ、そこでおれたちが靖兵隊のことを提案し、喧嘩になる。売り言葉に買い言葉・・・。否、近藤さんがわざと憎まれ役にてっし、おれたちがぶちギレてしまう」
机の向こう側の副長をなかばみおろし、一息つく。
副長は、両肘を机の上におき、すらりと長い指を組んでその上に顎をのせている。
アメリカの探偵もののドラマにでてくる、イケメン探偵のようである。
ほんっとに、イケメンはなにをさせても絵になりすぎる。
「ああ・・・」
たった一言だけ発する副長。
「さっき、うはっちゃんに会ったよ。ご時世だからか?それとも、おれたちがかわっちまったのか?兎に角、かわっちまってた。土方さん。おれたちも、試衛館にいた時分のおれたちとはちがってるんだろう。かわってないのは、土方さん、あんたくらいなんだろうよ」
原田は背もたれに背をあずけ、脚を組む。
なんてこった。脚が無駄にながいので、脚を組むさまがめっちゃかっこいい。
これもまた、どこからどうみても典型的な日本人体型のおれからすれば、うらやましいかぎりである。
「左之の申す通り。正直、あいつとやってくっていう自信がない」
永倉のうしろ向きな発言に、副長の眉間に皺が刻み込まれる。
「くそっ!かような瞳でみないでくれ。わかってる。わかってるよ。自信はなくとも、てきとうにつきあってみせる。でっ、てきとうなところで決別する。おれがいいたいのは、おれ自身のことではなく・・・」
「わかってる。かっちゃんのことであろう、新八?」
副長は、永倉と視線をあわせたままでつぶやく。
「わかってるんなら・・・」
永倉がいいかけるのを、掌を上げて制する。
原田は背を背もたれにあずけて脚を組む姿勢のまま、斎藤はその逆で前屈みになって膝の上で掌を組み、それぞれ副長をみつめている。
「八王子で再会して江戸へ戻ってくるまでに、このままどこかにいってしまおう。しばらく、どこかで潜伏し、機がやってくるのをまとう、と幾度も提案したさ」
副長の穏やかな声が、古い本のにおいでむせかえる室内に満ちる。
「だが、かっちゃんはきく耳などもちやしねぇ。此度の戦の大将が隠れるようなことがあれば、累はおのずと協力してくれた弾左衛門や彦五郎兄へと及ぶ。それだけではない。故郷の人々やわたしたちの身内に、激しい詮議があるであろう。せっかく置いてきた子どもらにまで、その掌は迫るはず。それに、なにかと便宜をはかってくれている法眼や、資金提供をしてくれている商家の方々にも迷惑をかけるであろう。そして、人見殿や八郎、榎本さんや大鳥さんなど、各地で戦っていたり準備をしている同志に申し訳が立たない。そういって、おれにそれ以上なにもいわせねぇし、きいてくれもしねぇ」
副長は、そこでいったん言葉をきる。
「かっちゃんは、すでに散るつもりなんだよ。ゆえに、おれであろうとだれであろうと、かっちゃんの信念をかえることなんざできやしねぇ」
それは、自分にたいする死の告知よりもショックである。重すぎるほどの感情が、体のなかに渦巻いている。
やはりおれが原因で、局長はみずからの運命を逆らうことなく進もうとしている。
副長が、机の向こうからこちらをみている。しばし、視線があう。副長の実兄の為次郎や永倉の話ではないが、双子に似ているな、いや、双子が副長に似ているなと感じてしまう。
「主計、おまえのせいじゃねぇよ」
副長の声は、さらに穏やかでやさしい。
「かような局面だ。だれだって死ぬやもしれぬ、という予感や覚悟はもつもんだ。そっからがちがうだけだ。おれや左之のように、なにがあろうと、なにがなんでも生き残ってやるという思いが強いか、あるいは死ぬ機と場所とを探している、か・・・」
「じゃぁ近藤さんは、死ぬ機と場所を探しているってか?」
原田の問いに、副長は乾いた笑声をもらす。
強がりが、痛々しい。
「副長、だとしても、おれはやはり・・・」
なかば、怒鳴ってしまう。
「たとえおまえの表情から気がついたとして、それはそれで覚悟ができるからよかったんじゃねぇのか?もしも、おまえからしったんんだったら、かっちゃんは感謝こそすれ、咎めるようなことはしねぇ」
そうだろうかと思いつつも、視線をあわせたまま、かろうじてこくりと頷いた。
「おまえら、かような瞳でおれをみるな。わかっている。おまえらの気持ちはな。おれも、なにもしないわけじゃない」
おれもふくめ、わかっている。この場にいるなかで、副長が一番つらいのである。
それこそ、半身をもぎとられるのもおなじことなのだ。