島田 おおいに驚く
「主計、八郎がよろしくだとよ」
「ええっ?マジですか?」
いやーっ、なんて頭をかいていると、全員がじっとみている。
「なんですか?八郎さん、ご無事だってことですよね?よろこばしいかぎりではないですか。それを、よろこんじゃいけないとでもいうんですか?」
とりあえず、キレておく。
「ふーん」
全員が、いっせいに奇妙な納得をする。
それから、大石が放逐されたことと、結城のとんずらのことを告げる永倉。
これも、わかっていることである。副長の眉間に皺がよるも、とくにコメントはない。
「島田。これまで、隊務以外にもいろいろ助けてもらっているから気がついていると思うが、主計には将来のことがわかっている」
一息いれ、副長はおれの隣に立つ島田にきりだす。
どこまで話すのであろう・・・。
今後、島田はおれとともに重要な役割を担うことになる。島田とおれは、蝦夷で副長が戦死したのち、ともに弁天台場というところで戦い、そこで終戦をむかえることになる。
視線を上へ向ける。こうして並んでみると、背がたかく、がっしりしていることを実感する。双子がかれのためにでかい軍服を準備したのか、きっちりと着こなしている。
西洋の服は、コート類やスーツ、軍服など、どれをとってもがたいがしっかりしているほうが、よく似合うんだなともつくづく実感する。
「ええ。主計と俊冬や俊春のおかげで、新撰組だけでなく、いくつもの生命が救われ、矜持が護られているということを、重々承知しております。」
おおっ・・・。さすがは島田。いいこという。
「おおげさだなぁ、おい」
「ちょっ、原田先生。そこ、原田先生の台詞ではないですよね?」
「すまん、主計。俊冬と俊春のことは兎も角、主計のことは勘違いしてるんじゃないか、って思っちまってよ」
原田は、すました表情でうそぶく。
「たしかに、そこは勘違いしているようだが・・・。まぁおおよそは、あってるだろうよ」
「ちょっ、副長まで・・・。ひどいではないですか」
みんな、ひどい・・・。
「人となり。平素のおこない・・・」
「うるさいですよ、俊春殿っ!」
いいかける俊春を、思わず怒鳴りつけてしまう。
「ぐすん。慰めようと思ったのに・・・。わたしの愛を否定する・・・」
はい?嫌味が愛?
いまのが誠の愛なら、あんたの愛はよっぽどひねくれてるぞ、俊春。しかも、ぐすんって効果音までつけてくるなんて。
「主計。弟は誠心誠意、おぬしを愛している。それをうるさいなどと頭ごなしに拒絶するなどと・・・。人間にあるまじき非道。わたしの愛する弟を傷つけること、再三。以前、忠告したな。「仏の顔も三度」、と。さあ、どこに穴をあけられたいか?せめてもの情け。きいてやろう」
はあ?弟を傷つける?
右瞳がみえなくなったことを隠されていてあんなにぶちギレ、もうすこしで弟の右掌を「関の孫六」でぶっ飛ばすところだったくせに。
「俊冬殿、あなたに言われたくないですよ」
ぴしゃりとやり返した。
すると、永倉と原田が笑いだした。
どこかやけっぱちのような、それでいて哀愁感漂う笑声である。
「もうこれをみるのもきくのもないんだなと思うと、つくづくいやになる」
「新八の申す通り。主計をからかい、笑って・・・。くそっ!」
永倉は自分の掌に拳をうちつけ、原田は泣き笑いの表情でみなをみまわした。
「ええ?どういう意味なのです?」
二人の意味深な言葉に、島田が瞳を白黒させている。
「島田。告げておきたかったのは、このことだ。今宵、新八と左之は新撰組を去る。ゆえに、隊士たちを率いるのは、島田、おまえや斎藤、勘吾や主計や登らとなる。とくに島田。おまえには、おれの補佐としてやってもらわねばならねぇ。そのつもりでいてくれ。宿に戻ったら、局長は二人に暇をだすだろう。二人は怒って、そのままでてゆくことになる。挨拶する間もなく、とっとと去ってゆく。島田は、新八とは古馴染みだ。挨拶の一つくれぇ、したいんじゃないかと思ってな。ゆえに、残ってもらったってわけだ」
副長は、いっきに告げた。
告げられた島田は、把握するのに必死であろう。
「そんな・・・」
そして、把握してでてきた言葉・・・。
そりゃぁ、それしかでてこないよな。
「どさっ」
またどこかで、本が崩れ落ちたようである。
燭台から、「ちちちっ」とかすかな音がきこえてくるだけで、それ以外に音はなく静かなものである。
だれかが、みじろぎした。それにあわせ、軍服のこすれる音がする。
最近、とくに音のことを気にしてしまう。俊春の耳のことである。そして、しってしまってからは、瞳のことも・・・。
さきほどの白衣っぽいものを脱ぐと、双子はいつもの小者の姿である。
かれらは、おれたちが江戸に戻ってから、まず宿の確保をした。ちらほら戻ってきている隊士たちを探しだし、傷病者は医学所へ連れてゆき、元気な者は宿へ誘導した。江戸城の味方や、江戸へと迫りつつある敵やその他もろもろの様子を探りにもいっている。屯所がわりになる金子家と交渉し、新撰組のしばしの居所をゲットしてもいる。
控えめにいっても、活動しすぎである。
「わたしが、組長たちについてゆくという選択肢はないのですね」
島田が、穏やかな口調で尋ねた。
これだけの短時間で、状況を整理できるところはさすがである。
「身勝手だが、それはおれたちが許さない。なぜなら、おれたちがいなくなったら土方さんにはおまえが必要だからだ。否。おれたちが、おまえに土方さんを託すからだ」
永倉は、原田と斎藤越しに相貌をこちらへ向けるとわずかにそれを上方へ上げ、島田と視線をしっかりあわせて告げた。
その声もまた、穏やかである。
「もう二度と、会えぬのですか?」
島田は、永倉にすがるような視線をかえした。




