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ダメなスラングと再会

「鉄、銀。そういうごーつくばりなやつには、「ファック・ユー」っていってやれ」


 おいっ、野村。子どもになにを教えてるんだ?それは、教育上よくないスラングだ。それに、おまえに「Fuck you!」呼ばわりされるゆわれはない。いやいや。そもそも、おれがごーつくばりって、なにきめつけてるんだ。


「おいおい、利三郎。それは間違っているぞ」


 それまで不機嫌のオーラをだしまくり、表情かおも険しい永倉が急に立ち止まり、ダメだしをする。


 そうとも、永倉。新撰組の幹部として、いってやって・・・。


「よくみとけ、利三郎」


 永倉はおもむろに、全員が興味深く注目するなか右腕を上げ・・・。


 こちらに右掌の甲をみせ、中指を立てる。


「ファック・ユー!」


 現代っ子永倉。アメリカあたりで喧嘩をうりまくって相手をぼこぼこにし、金を巻き上げ、仕上げにこのスラングを投げつけ、これだけで生きてゆけそうである。


「すっごーい。永倉先生、クールですよ」

「永倉先生、ワイルドすぎですよ」


 田村と市村が、大喜びである。野村が教えたのか、クールにワイルドなんてつかって。

 ってか、ワイルドって?たしかに、永倉はワイルドがぴったりであるが。


「だろう、餓鬼ども?つかってもいいぞ」

「なにをおっしゃるんです、永倉先生っ!それは、つかっちゃいけないんです。子どもたちには、教育上よくないスラングなのです」


 すかさず、止めにはいる。


「副長の、「くそったれ」とおなじですよ。眉間に深く皺を刻まれ、そう怒鳴られたら、いい気持ちはしませんよね?」


 みながこちらに注目し、熱弁にききいっている。


「だいいち、ところかまわず「くそったれ」って。そんな口癖じたい、いいことありません。まぁ、副長に注意をしたところで、あの人がきいてくれるわけもありませんがね・・・」

「おれがなんだって?偉大なるお犬様の散歩係さんよ?」

「ええ。ですから・・・。え?副長?」


 その超絶不機嫌そうな声のほうへ向くと、あいかわらずイケメンな副長が立っているではないか。副長だけではない。局長に、隊士たちも・・・。


「ええ?いつの間に?ちょっ、みなさん、気がついていたんなら、なにゆえ教えてくれなかったんです?」


 相棒も子どもらもふくめ、みな、気がついていたのである。


 熱弁に酔いしれ、しらぬはおればかりってわけで・・・。


「みな、無事であったか」


 局長はをうるうるさせつつ、全員の肩をバンバンしまくっている。


「おうっ!無事だったかい?よかったよかった」


 医学所の庭で、再会を喜び合うおれたち。そこへ、外からまたしてもだれかがやってきた。


「法眼。恥ずかしながら、逃げかえってございます」


 あらわれたのは、往診にでもいっていたのであろう。松本良順である。掌に、診察鞄がわりの木箱をもっている。


 なにはともあれ、局長や副長、仲間たちと再会できた。


 合流したなかの負傷兵は、そのまま医学所にとどまって治療を受けることとなった。そのなかには、局長もふくまれている。肩の傷の様子を、みてもらうという。


 双子が五兵衛新田の名主金子家と話をつけ、そこで数日でも滞在できることをきき、局長も副長も松本も、心からほっとしたようである。


 同時に、松本がその旨をふれまわってくれるという。


 現代でいうところの旅館やホテルのような大部屋で、負傷兵たちが思い思いにくつろいでいる。ベッドもあるにはあるが、ベッドというよりかはなにかを積み重ねた台の上に布団を敷いているって感じである。それだったらまだ、畳の上に布団を敷いたここのほうがすごしやすいであろう。


 野村と子どもたちと相棒は、医学所の庭で散歩中である。


「紹介した博徒侠客らが、ずいぶんと迷惑をかけたって?役に立たなかったうえに、迷惑までかけちまうなんざ、謝っても謝りきれねぇ」


 松本みずからひととおり診察したのち、ずんぐりむっくりした体を縮こまらせ、そう詫びる。


「あいつらは気をつかって詳しくはいわなかったが、想像はできる」


 あいつらというのは、双子にほかならない。松本が気に病まぬよううまく説明したのであろうが、頭の回転がはやく、勘のいい松本のこと。すぐにぴんときたにちがいない。


「いえ、法眼。此度は、ひとえにわたしの不徳のいたすところ。法眼には、金子まで融通してもらい、感謝こそすれ、なにゆえ迷惑などと思いましょうや。どうか、頭を・・・」


 局長がアタフタするそのタイミングで、部屋に双子が入ってきた。


 白衣のようなものは脱ぎ、小者姿に戻っている。島田と、隊士を一人連れている。


 島田は江戸にもどってから、負傷者を医学所へと誘導し、蟻通はそれ以外の者を連れて宿の手配をしたのである。


 隊士は、久米部正親くめべまさちかという大坂出身の男である。斎藤がおねぇ率いる御陵衛士のところに密偵として潜入していた際、斎藤にかわって組下を任されていた三番組の伍長である。


 線の細い知的な美しさをもつ男で、ワイングラスを片手に芸術とかITとか、専門分野を語りそうなタイプである。

 正直、まーったく目立たない男で、おれも数回しか会話したことがない。


 特筆すべきは、大坂出身なのに、「おもろくない」というところであろう。面白い、でない。あくまでも「おもろくない」のである。


 大阪では、学校や会社で、勉強や仕事ができたりスポーツや専門分野に長けていたり、喧嘩が強かったり性格がよかったり、指導力があったり面倒見がよかったりという、よその土地ではあきらかに羨望の的になるような長所は二の次である。


 すべてはおもろいか、おもろくないかできまる。すなわち、どれだけ周囲を笑わせることができるかで、判断されるのだ。


 その基準は、なかなかに厳しい。


 こうして大阪の子どもたちは、保育園や幼稚園時代から社会人になるまで、お笑いにもまれてゆく。


 ちなみに、「いまの、おもろいおもていうてんか?」と大阪人にいわれたら、それはその大阪人はマジに怒っているときである。気をつけたほうがいい。


 それは兎も角、久米部は、残念ながら「おもろくない」サイドの人間ひとである。おなじ大坂出身の青木や伊藤も、かれのことは苦手なようである。


 それは兎も角、お笑いでは失格のかれも、隊士として、あるいは伍長としては有能で、斎藤にかわって三番組をまとめあげていた。




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