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ぽちとたまと昔話

「ぽちとたま?」


 人を喰ったような態度の市川も、ぽちとたまには驚いている。


「わたしがたまでございまして、それにおります弟がぽちでございます」


 そして、市川よりさらに人を喰っている俊冬。やわらかい笑みは、とろけるような笑みになっている。


「市川殿。われらぽちとたまは、近藤土方両先生だけでなく、永倉先生にも師事しております。先生方の京でのご活躍は、それはもうすばらしきもの。日々、死と隣り合わせで勇敢に戦いつづけられていらっしゃいます。それは、江戸(これにても同様。装備も人数にんずも揃わぬなか、臆することなくぶつかりました。江戸で安穏とすごし、敵のなんたるかも味方のなんたるかもしらず、現状に危機感なく、わらべの戦ごっこ程度にしかとらえておらず、気分次第で動く幕閣やおおくの武士さむらいくずれとはちがいまする」


 表情かおとは真逆で、かなり辛辣である。だれもが、それをだまってきいている。そのどれもが、真実である。最後の武士さむらいくずれというところは、市川のことを指している。

 もちろん、すべてがそうではない。そのおおくは、幕府のためであったり、自分や家や仲間や部下のためであったり、自分たちが信じるもののために戦っている。


 だが、市川はちがうようである。


 永倉は、再会してすぐにそうと気がついた。ゆえに、腹立たしいのであろう。悔しいし、恨めしいのであろう。


 もとから、こういう男だったのか?あるいは、かわってしまったのか。もともと、こういう性質たちであるのかもしれぬ。よりいっそう磨きがかかってしまったのか。


 もしかすると、永倉の活躍もそれに起因しているのかもしれぬ。京からもたらされる旧知の活躍を、やっかんでいるのであろう。だからこそ、自分が隊をつくってその隊長となり、誘うていで永倉をマウンティングしたいのかもしれない。


 おれが将来さきを伝えてしまったばかりに、永倉は抗えずに悔しい思いをしているのかもしれない。


 その永倉と視線があった。


 もうやだ・・・。またしても、表情かおにでていたのか?かれは、ちょっと怒ったような呆れたようなビミョーな表情かおで、頭をちいさく振る。


 気にする必要などない・・・。


 そういっている。


 つぎは、市川が苦りきった表情かおになる番である。


 幼馴染の永倉を、昔なじみの原田と斎藤を、それから、自分の両隣で肩を並べる双子を、順番にみる。


 双子は、市川のどんなことをしっているのだろう。おれから話をきき、調べたにちがいない。


 その行動力と配慮は、さすがとしかいいようがない。


「と、兎に角、またおれといっしょにやろう。昔、武者修行の旅にでたみたいによ。おれは、吉原の例の店にいる。はやいところ抜けて、こい。まってるぞ。しんぱっつあんだけじゃない。入隊したいもんがいりゃぁ、連れてきてくれ。大歓迎だからよ」


 市川は、双子の圧から逃れるように飛び退ると、慌てて去っていった。



「ぽちとたま。あいつのこと、調べたのか?」


 永倉は、肩で風をきって去ってゆく市川の背をみつめつつ、静かに問う。


 俊冬は、弟に永倉の言葉を手話で伝えてから応じる。その男前の相貌かおに、寂しげな笑みを浮かべつつ。


「さしでがましいことをいたしました。申し訳ございません。なれど、調べるまでもなかったようです。失礼ながら、市川殿からは女子おなごのにおいしかせず、心中では、借金取りから逃げまわる江戸ここでの生活に飽き、刺激とうまい話を渇望されておいでです」


 原田と斎藤は、そっとをみあわせている。


「つまり、戦のどさくさにまぎれ、いろんなところで強盗や詐欺まがいのことをしようとしてるってわけか・・・。くそっ!片棒を・・・」


 永倉はいまいましげにつぶやきかけたが、野村や子どもらのことを思いだし、口をとじる。


「いまの人、永倉先生のしりあいですか?なんか、いやな感じの人でしたよね。主計、ああいうのもくそ野郎アスホールっていうんだよな?」

「え?いや、それはいいすぎだ、利三郎」


 現代っ子野村のスラング。視界のすみで、双子の口角があがったような気がする。


「ああ。しりあいだって思ってたが、過去のことだったらしい。ぽちとたま、悪かったな。さぁ、怪我人の様子をみにゆこう」


 永倉は、話題をかえたがっている。


 なにもいわず、その提案にのる。


「昔話みたいだよ」

「うん。そういえば、桃太郎にでてくる動物って名前がないよね」


 建物にむかいながら、市村と田村は、ぽちとたまという日本の犬猫のオーソドックスな名前から、むかし話へと発展して盛り上がっている。


「犬は、兼定だよね」

「うん、てっちゃん。じゃぁ、猿と雉は?」


 田村がいい、二人は悩んでいる。


 かれらだけではない。みな、頭のなかで考えているはず。


「鬼は、激似の副長だな。ドンピシャすぎる。それしか、イメージが思い浮かばない」


 一瞬、現代人がいるのかと思えるほど、野村のトークは現代人化してしまっている。


 まぁたしかに、かれのいうことは納得できる。なにせ、「鬼の副長」だから。


「雉は飛べる」

「猿はすばしっこい」


 市村、それから田村の叫びで、全員の視線が、白衣のようなものをまとう双子に集まる。


 俊冬が雉、俊春が猿ってところか・・・。


 では、桃太郎は?


「考えるの飽きた」

「そうだよね、てっちゃん」

「なんじゃそりゃ?オチ、ないんかいっ!」


 大人げなくも、子どもたちにツッコんでしまった。


 しまった・・・。子どもたちだけでなく、大人たちも白いでみている。もちろん、相棒も・・・。


 いまここに、おれ以外に関西人が一人もいないことの口惜しさよ。

 元大工の伊藤か、永倉の手下てかの青木なら、この思いを共有できたはず。どっちにしても、かれらがいないいま、なんらかの形でこの状況をごまかせるわけではないが。


「主計さんって、おばあさんみたいだよね。ごーつくばりなおばあさん」


 んん?田村、桃太郎のおばあさんって、ごーつくばりだったか?


「あー、そうそう。雀の舌をきっちゃったくせに、でっかいつづらを選ぶなんて。最低だよ」


 いや、市村。それ、お話がかわってないか?桃太郎から、舌切り雀にかわってるじゃないか。


 それに、なんでおれがごーつくばりなんだ?役立たずっていうんだったら、まだわかるけど・・・。


 いや、ちがう。役立たずなんかでもないぞ。

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