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市川宇八郎

 医学所の敷地に入ったところで、永倉と原田と斎藤が、みしらぬ男と話をしているのに気がついた。


「先生方」


 野村が声をかけると、四人が同時にこちらへ体ごと向ける。


 そのみしらぬ男が、市川宇八郎だということを直感する。

 ってか、タイミング的に、その可能性が高いってだけだが。


 市川らしき男は、着物袴に帯刀している。それも、ずいぶんと着古している感が半端ない。


「よう。おまえたちか」


 永倉の声がかたい。


 数年ぶりに会った幼馴染をまえに、ひかえめにいっても表情かおは、感動しているものとはほど遠い。


「新撰組の仲間かい、しんぱっつあん?」


 市川らしき男がきく。


 うーん。なんというんだろうか。みためは、なかなかいい男である。渋谷とかでナンパしまくっている、キザな二枚目っぽい。ブランド物のスーツに身をつつみ、ひっかかりそうな女性をみつけるのに長け、ゆえに、90%の確率で成功する。食事は抜きで、ホテルのラウンジで酒を一杯ひっかけ、自分はITか金融関係の職についていて、なんて話をし、そのまま部屋へいって大人なひとときをすごし、はいさようなら。


 つまり、みてくれのよさを利用し、一夜限りの関係をつづける、そんなジゴロっぽい雰囲気が漂っている。


 ちなみに、市川はこのとおくない将来さき、奥方の兄の同僚かなにかと口論になり、斬り殺されてしまう。


「ああ。いっておくが、左之や斎藤同様、こいつらは新撰組の隊士。それ以外はありえぬ」


 なにゆえか、喧嘩腰でいいきる永倉。


 かなり、空気が悪い。いいタイミングではなかったようだ。


「おいおい、しんぱっつあん・・・」


 市川らしき男は、苦笑している。


「新八・・・。いいから、紹介してやれよ」


 原田がみるにみかね、割って入る。


「こいつは、昔なじみの市川宇八郎だ」


 とりなした原田の顔がある。永倉は、ひとまず市川を紹介してくれた。


「こっちは、野村と相馬。餓鬼どもは、市村に田村。犬は兼定だ」


 おれたちは、ぺこりと頭をさげる。


「へー、噂にきいてるよ。どっかの国の狼みたいな犬だって」


 おれの左脚もとでお座りしている相棒をみおろし、市川はだれにともなくいう。


 犬が怖いのか、あるいは好きではないのか、相棒とをあわせようとしない。


「その話は、考えさせてくれ。とりあえず、斎藤は抜けることはない。こいつは、近藤さんや土方さん、それと会津侯以外に従う気はないからな」


 これまでの話の内容は、あらかた想像がつく。


 話はちがうが、いまの永倉の言葉にあった斎藤の従う人物の対象・・・。会津侯が入っていたことに、驚きを禁じ得ない。


 斎藤が、会津藩の間者であること・・・。副長だけではなく、永倉も気がついているわけだ。


「しんぱっつあん。おまえたちは、京でやりすぎた。敵は、新撰組を許しやしない。このままじゃぁ、おまえたち、とんでもない死に方をするぞ。それに、護るべきものもなかろう。いったい、なんのために戦う?」


 じゃぁあんたは、いったいなんのために戦う?って喉元まででかかってしまう。


 永倉を靖兵隊に誘っているはず。隊を結成し、いったいなにをしようというのか?護るべきものがないことをしっていながら、なにゆえ隊を結成する?


 心のなかで、問う。


 苦りきった表情かおの永倉。冷めた表情かおの原田。まったく関心のないのを装っている斎藤。


「いまだって、逃げかえってきたのであろう?新撰組は、しょせん人斬り集団。軍ではない。一人二人斬るってのが、せいぜいといったところだろう?落ちたもんだよな」

「宇八郎、きさまっ!」

「おい、新八・・・」


 原田がとめようとし、その動きがとまった。


「新撰組は、ただの人斬り集団にあらず。軍としても、敵にけっしてひけをとらぬだけの力がございます」

「・・・」


 ざまあみろ。


 とつじょあらわれた双子にはさまれ、市川はフリーズしている。


 双子は、白衣のようなものを着ている。治療を手伝っていたにちがいない。


「市川宇八郎殿、ですな?永倉先生の古くからの知己ということはさしひいても、いろいろと噂はききおよんでおります」


 俊冬が、市川の右耳にささやく。俊春は無言のままであるが、その男前の相貌かおに浮かぶ冷ややかな笑みは、言葉以上に不気味な圧を与えている。


「噂?どうせ、ろくなやつじゃないんだろうよ」

「よーっく、わかってらっしゃるではないですか、市川殿。どれをとっても、そこにいる子どもたちにきかせたくないものばかりですな」


 俊冬は、ソッコー辛辣に返す。


「ははは・・・。で、そういうおまえらは、だれだ?」


 年少でも、初対面の相手をおまえ呼ばわりする市川。


「これは申しおくれました。われらは、新撰組に拾われ、つかっていただいています小者兼調理人でございます。名は、ございません。ぽちとたま、とでもお呼びください」


 子どもらが盛大にふきだした。いや、かれらだけではない。おれも含めた大人もふいた。永倉ですら、「ぶふっ」とふいた。相棒も、おれの左脚もとで「ケンOン笑い」をしている。


 昔、放映されていたアニメ「うちOタマ知りませんか」を思いだしてしまった。けっこう、かわいかったな、なんて。



 一瞬だけ訪れた笑いのムードのなか、ぽちとたまを名乗る小者兼調理人が、やわらかい笑みとともに答える。

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