ご来光
「なにも、疑ってるってわけじゃない。そこは、わかってるだろう?」
「ええ、もちろん・・・。永倉先生。先生方は、おれのように知識としてしっているのとちがい、副長との付き合いはながいですよね?その永倉先生の瞳からみて、似ていると思いますか?」
「・・・。あいつらだろう?」
永倉が視線を、まえをゆく双子に向けてから、それをこちらへ戻す。
「ああ・・・。なんとなくな。最初は、気にもとめなかったが・・・。どこがってきかれれば、正直、どう申していいのかわからぬが・・・。根っこのところか?否、それもちがうか・・・」
「局長が、副長の子どもの時分に似ていると。おなじようなことを、為次郎さんも。為次郎さんなどは、隠し子か?なんてこともおっしゃって」
「ああ、このまえの夜のこったろ?それをいいたかったから、おまえらに送らせたんだろうな。為次郎兄さんは、みえない分、いろんなことを感じてるし、なにゆえかわかってる。昔っから、あの人にだけは隠し事ができなくってな。土方さんには内緒だが、おれも左之も、博打や女子でこさえた借金の融通をしてもらった。いまだに、頭があがらん。で、なにかあったら、いの一番に相談してたのも、あの人だ。ある意味、近藤さんや土方さんにできぬ相談も、あの人には腹をわってできたから」
為次郎とは、ほんのわずかしか接していない。だが、永倉のいうことはよくわかる。
永倉や原田だけでなく、山南や沖田、藤堂も相談していたにちがいない。
「いや。融通してもらった分は、ちゃんと返してる」
おれがだまっているのを、永倉は慌てていいそえる。
「ええ、わかっています。先生、あなたも原田先生も、そういうところは律儀ですから」
思わず、苦笑してしまう。
「なぁ・・・」
不意に歩をとめ、体ごとこちらへ向き直る。自然と、おれもかれへ体を向ける。
相棒が、そのおれたちをじっとみあげている。なにゆえか、視線が、というよりかは、耳が気になった。ぴくぴくと動き、ダンボにして、おれたちの話をききのがさぬようにしている。そんな気がする。
「ご来光ですぞ、永倉先生」
「うわっ!」
懐のうちに入られるどころか、耳元に囁かれ、さしもの永倉も飛び上がるほど驚く。
ってか、おれの視界にも入らなかったって、どんだけ素早いんだ、俊冬?
いつの間にか、ちかづいていたのだ。永倉にすら、察せずに。小柄な俊冬ごしに、原田と斎藤が肩をすくめているのがみえる。
このタイミングで、話の邪魔をされてしまった。まるで、永倉との会話をきかれていたかのように。
俊春がひらけた場所に立ち、掌で一点を指し示している。
とりあえずは、それにしたがうよりほかない。永倉とともにそちらへ急ぐ。
高尾山の頂。
朝陽をバックに、雲海に富士が浮かびあがっている。
掛け値なしに、神秘的な光景である。
だれもが、声もなくその神秘的な光景を眺め、堪能する。
ずっと未来では、こういった光景を求め、人々はまだ暗いうちから一眼レフをもって登るのだろう。
絶好の撮影スポットである。
当然のことながら、写真機なるものがない。自分の瞳に、この素晴らしい光景をやきつける。
海からの眺めも最高だが、これもまた素晴らしい。
感動をこえるもので、体が震える。それを享受できる、素晴らしい仲間がいる。それが、感動に拍車をかけている。
おれたちは、ときを忘れそうになるほど、この神秘的で雄大な景色を眺めていた。
おれたちは、夕刻になるまでに江戸へ無事に舞い戻った。
医学所にいってみる。すでに数名、戻っていた。野村と市村、田村も戻っていた。心から再会を喜びあう。
法眼は不在であったが、医学所にいる医師や医師見習いたちも、喜んでくれた。
とりあえずは、双子が五兵衛新田、現代では足立区綾瀬というところにある名主の金子健十郎に話をつけ、そこで過ごせることになった。とはいえ、金子家にも準備がいる。一両日中に、移動することになる。
まだ、ほとんど戻ってきてはいない。
とりあえずは、医学所ちかくのちいさな宿に、戻っていて元気な者だけでも移り、そこでしばしまつことになった。
双子はそのまま、日野方面へと出立する。局長をはじめ、さまよえる仲間たちをピックアップしてまわるという。
特殊能力をつかって。
おれたちも、悠長にするわけにはいかない。屯所として使っていた秋月邸にゆき、仲間が居ないか確認したり、それ以外で逃げてきそうなところを訪れては、人々に言伝を頼む。
みかけたら、医学所か宿にくるようにと。
疲れはマックスであるが、みなが揃うまでは休むわけにはいかない。っていうか、心配で休めそうにない。
双子が局長や副長、再会できた仲間たちをみつけ、こちらに向かっているという報をもってきたのは、その翌日のことであった。
それまでに、数名ずつでも戻ってきているが、怪我をしている者もすくなくない。そういった隊士は、医学所で手当てを受け、そこで休ませてもらっている。
局長たちが戻ってくるまで、あと数時間はかかるだろう。医学所の怪我人をみにゆこうと、でかけてみた。
野村と市村と田村もいっしょである。四人プラス一頭で、訪れてみた。
医学所までの道々、すれちがう人々が、あきらかに出陣前とは様子がちがう。
みな、敵が江戸に迫りつつあるのを肌で感じているのである。
対岸の火である。みな、ここにきてやっと危機感を抱いている。
同時に、あることないこと、いろんな噂に翻弄されている。