他殺説
それには、おれも添役としていっている。おれは、甲鉄に乗り込まない。
史実では、この世界史でも稀有な移乗攻撃は、回天という艦で攻撃をしかける。じつは、この作戦に参加したのは回天一隻ではない。蟠竜と高雄という艦とでおこなうはずであった。が、不運である。嵐や故障、連携がとれなかったりで、結局、回天一隻で甲鉄にぶつかるのである。
そのとき、おれは抜刀隊には選抜されておらず、回天に残る。
なにか、それまで嘘っぽい。もとい、誤って伝えられているという気になってくる。
「ゆえに、利三郎のことも気にする必要はないってこった」
永倉の断定に、原田も斎藤もおおきくうなずく。
たしかに。野村も戦死し、水葬されたとは確実にいいきれない。すくなくとも、それを見届た味方はいないのだから。
もしかすると、史実には残っていなくても、命乞いして助かったのかもしれない。それは、野村が自分の生命が惜しいからではない。かれなら、その場をなんとかしのいで捕虜になったとしても、うまく逃げだして一矢報いる算段をするはず。
野村とは、そういうしたたかさがある。
それにしても、副長といい野村といい、組長たちの確信はいったいなんだろう。
日頃のおこない?性格からの確信なのか?
不可思議でならない。
「でっ、利三郎の誤報は兎も角、おまえのことだ、主計」
そして、ある意味立派な戦死を遂げた野村の英雄譚を、誤報といいきる斎藤。
「あぁそのまえに、ウィキによると、おれが局長になるのは、生き残っている隊士たちが恭順の書状に名を書いて示したからです。けっして、だれもいないってわけではありません」
「ウィキ?なんだって?」
「あぁそこはいいんですよ、永倉先生。兎に角、戦後、おねぇの殺害の嫌疑をかけられ、伊豆の新島に流されます。まぁ敵にすれば、そんなことはどうでもいいんでしょう。誠になにかの罪で断罪するのでしたら、坂本先生のほうが効果的でしょうし。おねぇの件は、敵にとっては新撰組の内輪もめ程度の価値しかありません。いくら御陵衛士の人たちが騒ごうと、鵜呑みにするとは思えません。あくまでも、こじつけて責任をとらせたいだけか、と」
「ならば斎藤やおれは、責をとらされなかったと?」
「永倉先生は、松前藩に帰藩されます。さしてなんの咎もなく、さる藩医の婿養子になって蝦夷にゆきます。さして咎がなかったのは、松前藩が敵に恭順していたからかもしれません。そして、婿養子が隠れ蓑になったからかも」
「新八、おまえもこすいよな」
「な、なんだと、左之?正直、おれにそこまでして生き延びたり責を免れたりって気はない」
憤慨する永倉。
たしかに・・・。かれは、どちらかといえば最後まで戦い、死にそうである。帰藩した後、松前藩家老の何某のとりなしで、藩医の婿養子になっている。無理矢理といっては語弊があるかもしれないが、説得されたのかもしれない。藩も、新撰組の幹部を帰藩させたとはいいにくいであろう。
「まぁ、松前藩にもいろいろ大人な事情があるんでしょう。それは兎も角、斎藤先生は、会津で副長と別れたのち、会津藩士たちと行動をともにします。戦ののち、会津藩士たちとともに謹慎し、そのあとは警察官になります。おれの昔の仕事とおんなじです」
「魁は?魁も島流しに?」
「いえ。島田先生は、戦後しばらく謹慎され、そのあとは名古屋。島田先生の郷里のほうですね。そこでしばらくすごし、結局は京にいってそこで余生を送ります。つまり、局長であるおれだけが処罰されるというわけです。で、そこで妻を娶ります。そののち、江戸へ戻り、そこで・・・」
思わず、言葉をきってしまった。
そのとき、すぐ頭上の枝からなにかが飛び立った。羽ばたきの音が、だんだん遠ざかってゆく。双子をのぞき、みな、そのほうへ視線を向けている。
心臓が早鐘をうっている。
「赦免され、いっときは政府に出仕します。政府とは、坂本先生が熱く語っておられた内容の集大成のようなものです。出仕するも、突然罷免されて江戸へ戻ります。そののちに・・・。ある日、外出していた妻が戻ると、割腹していたらしい、と」
他人事である。まさしく、だれかわからぬ、みたこともない他人のことを語っている気になる。あるいは、あまたいる歴史上の人物のことを。
こんなに実感がわかないのは、どうしてだろう。自分の性格上、まず考えにくいからか。
「その際、妻に他言無用と口止めしています。ゆえに、いつそれをやったのかわかっていません。江戸にもどってからとしか。それに、菩提寺すらわからずじまいです」
組長たちが副長や野村同様「ありえない」、と笑い飛ばしてくれるかと思ったが、三人とも無言のままである。
また、木々のどこからか羽音がきこえてきた。
じょじょに夜が明けつつある。しらじらと、という言葉はいいえて妙だと感じる。宵より明け方のほうがいいと思う。
「なにゆえ?なにゆえ切腹を?あ、いや、武士がなくなるのだったら、主計の申す通り割腹か?それに、なにゆえ口外するなと?」
「わかりません」
斎藤に尋ねられ、正直に答えた。
「おまえが死ぬことで、敵がまたちがうだれかを断罪したいって思うのなら、新八や斎藤、魁にってことになるわな。が、一応、罷免されてるんだろう?おまえが死のうが生きようが、関係なかろう。それをなにゆえ、隠す?」
「左之の申す通り。それにおまえの奥方は、ずっとのちにだれかにそれを告げたんだろう?なにゆえ、菩提寺のことも伝えぬ?ああ、まさか割腹が罪に問われるってんなら、あるいは非難の的になるってんなら、話は別だが・・・」
そういわれれば、わがことながらますます疑問がわいてくる。
なにゆえ、なにゆえ、自殺などしたんだ、おれ?
「殺られたのかもよ」
原田が、神の声をきいたみたいにいった。
「殺られた?」
「ああ、なるほど。喰わせることができなくってとか、暴力をふるってばかりとか、酒や博打にいれこんでしまってとか、兎に角、奥方の恨みをかってしまい・・・。あるいは、奥方がちがう男に懸想し、邪魔になったとか・・・」
おれの頓狂な声にかぶせ、斎藤がサスペンス劇場のシナリオライターみたく推測したことをいった。
しかも、おれはろくでもないDV野郎になってるし・・・。
いやそれだったらまだ、御陵衛士の残党とか、京や戦で恨みをかった相手に暗殺されたというほうがしっくりきやしないか?暗殺自体を隠す為、口止めしたのかもしれないし。
「だったら、奥方がだまってたって説明もつく」
原田は、あくまでもおれの素行の悪さでの他殺推しのようである。
おれを殺っておきながら、取調室で「本人がだまってろっていいました」的なことをいえば・・・。調査官は信じるだろうか。いやまて。そもそもおれの選んだ奥方が、おれを殺すわけないじゃないか?おれも、ニートになって人生を悲嘆するなんてこと・・・。うーん、たぶんない。
そのまえに、相棒のときのように、犬に携わる仕事をすればいい。
おれ自身の転落っぷりは兎も角、元新撰組となると、当時はまだ風当たりがきつかったはず。だれも真実をしろうとは思わないかも。せいぜい、「腹きった?へー」とか、「責をおって当然」とか、噂するくらいか。
じゃぁ、遺体は?どっかに埋められて?人しれず、いろんなものの肥やしになってる?
なんてかわいそうなんだ、おれ・・・。
わがことながら、気の毒でしかたがない。なんか、瞳に涙がにじむ・・・。
って、悲嘆しつつ、原田と斎藤のおれの他殺説より、それも嘘っぱちでじつは生きてるんじゃないかなって思ってしまった。