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結跏趺坐のすすめ

「斎藤。すごいな、おまえ」

「新八の申す通り。斎藤らしいっつったら斎藤らしいっていうのか、これって?それは兎も角、おれだったら、女子おなごの上がいいな」

「原田先生。いくらなんでも、女子おなごの上で結跏趺坐とは、ちと難しくはありますまい・・・」

「そんなわけないやろ」

「そんなわけなかろうがっ!」


 俊冬のボケに、思わずまた関西弁でツッコんでしまった。

 もちろん、おれ以外は関西弁ではないが。


「わたしが、結跏趺坐のまま死ぬ・・・」


 斎藤が歩をとめた。それにつられ、おれたちも立ち止まった。


 木々の間からみえる月も、いまは西の空、うしろにみえている。


「斎藤先生。なにゆえ結跏趺坐なのかは別にして、あなたは、この戦がおわったのちもずっと武士さむらいでありつづけます。それは、永倉先生も同様です。生涯、お二人は剣士であり武士さむらいでありつづけるのです」


 道はちがえど、二人はずっと剣士でありつづける。

 それぞれ、それを象徴するエピソードが残っている。


 そしてまた、だれからともなくあゆみだした。


 ときおり、どこか遠くで、あるいはちかくで、いろんな鳴き声や息遣いがする。馬の蹄の音、「ブルル」という鼻をならす音も。


 これが戦国時代などの戦なら、馬の口に布をかませ、わらじをはかせただろう。


 もっとも、いまは逃避行である。それに、セキュリティーシステムどころか、軍でつかうような最新鋭のセンサー以上の感知能力をもつ双子がいる。

 数キロ単位で怪しげな気配を感じれば、すぐに馬に静かにするよう、お願いするはず。


「つまるところ、この戦はおおくの人々にとっては不要のものであろう?幕府にしろ、薩長土にしろ、自身らがよければそれでいいってことだ。権力、金子、生命いのち、矜持・・・。護りたい、あるいはふるいたい、ってこったろ?おおくの人にとって、それは関係ないことだ」


 永倉は、心に浮かぶことをなにげに口にだしている。


 かれのいいたいことは、わかるような気がする。


 坂本は、戦がおきぬようにするため生命いのちをかけて奔走した。

 かれが歴史のなかから消されたのは、ある意味ではそれが迷惑だったからである。もちろん、理由はそれだけではない。が、その理由であることもおおきい。


「おこっちまったことを、いまさらなしにすることもできねぇだろう?それに、少数の人間ひとにはこれが必要なんだ。おこさなきゃ、まえに進めねぇ。その手段が、戦ってわけだ」


 原田のいう通りである。


 古今東西、なにかを成し遂げようとしたり、変化をもたらせるとき、その手段のおおくが戦争である。


「この戦がおわると、武士さむらいという身分がなくなります。刀をもてなくなるのです。そんななかでも、永倉先生や斎藤先生は、精神こころ武士さむらいでありつづけます」


 こうしてかれらと接していると、この後も死ぬまで武士さむらいであり、剣士でありつづけることが、充分理解できる。逆に、それ以外は考えられないくらいである。


「おれたちは・・・。そうだな。おれにかぎっては、馬鹿だからこれ以外はありえんわな。ときが流れてなにもかもがかわっても、おれは馬鹿でありつづける。これでいいのだ。これで」


「これでいいのだ」って、「バ◯ボン」のパパみたいだが、永倉らしい決意である。


「わたしも、そうだな。新八さん以上に、馬鹿だから。それに、源さん以上に頑固だから周囲に迷惑をかけそうだ」

「周囲?おまえ、一匹狼ですごしそうだが?」

「左之さん、失礼ではないですか」


 原田がからかうと、斎藤は苦笑した。


 大丈夫。ちゃんと妻を娶り、家族をえるのだと、さらっと伝えておく。しかも二度、妻をむかえる。が、これはいま告げる必要はない。


 そして、妻がどういう人で、息子は「スタ◯・トレック」の「ミスター・◯ポック」に似ているということも、触れないでおく。


「でっ、おまえもか、主計?生き残って、長生きするのか?」


 原田に問われ、思わず立ち止まってしまった。


「おいおい、せっかく戦で生き残るってのに早死にか?」

「ちょっ、永倉先生。おれの表情かおをよまないでくださいよ」


 みな、立ち止まっていておれの相貌かおをガン見している。馬たちまで、首をめぐらしこちらをみている。


 どうしよう。馬にまでよまれたら、おれ、どんだけわかりやすいんだって感じじゃないか?

 あ、そこじゃない、か。


 相棒も、いつもの定位置からみあげている。


「おねぇの殺害の嫌疑で、島流しにされます」

「はぁ?」


 組長たちが叫んだ。


「おねぇの殺害の嫌疑?あんだけ愛し、愛されてたのに?」

「いや、新八。主計は、八郎だ」

「おっと、そうだったな、左之」

「だから、ちがいますって。まったくもう・・・」


 それは兎も角・・・。ため息をついてしまう。

 一瞬、どうしようかと迷ったが、永倉と原田にいたっては、別れるのも時間の問題。いまのうちに詳細を伝えておくのもいいかもしれない、と決意した。


 また、歩をすすめた。


「副長が戦死したのち、おれが局長になります。新撰組最後の局長ってわけです・・・」

「なんと・・・。みな、戦死するのか?」

「ちょっ、それ、どういう意味なんです、斎藤先生?」

「ああ?おまえが局長って、よっぽど人がいないってこったろ?そういや、まえに魁も生き残るっていってたよな?」

「魁か・・・。あいつは上に立つより、補佐することで際立つって感じだろう、新八?ってことは、魁と二人っきりってことか?」

「原田先生まで、ひどいじゃないですか。まぁたしかに、蟻通先生や利三郎も戦死しますが・・・。二人っきりになるわけではありません。中島先生や安富先生や尾関先生も生き残りますし、平隊士やこれから加わる人たちも・・・」

「勘吾に利三郎?うーん、あの面倒くさがりの勘吾に、要領のいい利三郎まで?」

「蟻通先生は、終戦前の戦いで。利三郎は、世界史でも稀有な接舷攻撃、つまりふねふねにぶつけ、乗っ取りをかけて奪おうとした作戦で・・・」

「へー。かような派手な作戦。指揮は、土方さんだろう?好きそうだ」

「原田先生、当たらずとも遠からずです。実際は、検分役ですが・・・。兎に角、利三郎らが乗り込みますが、そうそうに戦況が不利になり、撤退することになります。その際、かれら数名が戻ることができず、取り残されてそこで・・・。戦死し、遺体は水葬されたと」


 沈黙。みな、なにを考えているのだろう。


 そして、くぐもった笑い声。組長たちは、声を殺して笑っている。


「なぁ、それもまた胡散臭いじゃないか。あの利三郎が、勇敢にも敵のふねに乗り込み、そこで戦死?」

「左之の申すとおり。土方さんのとおなじくらい、馬鹿げている」

「新八さんに同意だ。利三郎がというところで、すでに誤って伝えられてるとしか考えようもない。主計。おぬし、利三郎とつきあっていて、あいつがおぬしのしっているとおりの死に方をすると思うか?」


 斎藤はそういってから、くくくっと笑った。


 たしかに・・・。


 後世「宮古湾海戦」と呼ばれるようになる戦いである。


 新政府軍が買い取った、甲鉄艦。それを、榎本ひきいる箱舘政権が奪おうとしたのである。


 こうして野村とすごしていると、かれが自分から志願して乗り込むなんてことは、絶対にない。


 命じられても、腹が痛いだの頭が痛いだの悪いだのといいわけしたりごまかしまくり、回避するにきまっている。

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