おねぇ談義
副長室に集まっているのは、幹部と監察方。
夕刻になると、隊士たちは勤務のおわった者から順に飯を喰う。
一日を無事に生き抜き、おわりそうな時間帯。
この部屋の主たる副長を中心に、二番組組長の永倉、七番組組長の井上、九番組組長の原田、監察方の山崎、監察方と二番組の伍長を兼務している島田、そして、おれ。
さして広くもない副長室で、膝を突き合わせている。
この夜のことについて話し合う為に。
「斬るべきだな」
にべもなくいうのは永倉。
裏切り者は斬るべし、というわけであろう。
「坂井は、もともと思想も忠義ももちあわせちゃいねぇ。あるのは欲、しかも、性欲ときてる」
副長がいう。
その眉間には濃く皺が刻まれており、口調には存分に棘がある。
「当人は、自覚がないのかも・・・。閨で元参謀に、「どんな様子だい、そちらは?」なんて囁かれ・・・」
山崎がおねぇ言葉でいうので、思わず突っ込んでしまう。
「ええっ!伊東さんって、もろおねぇなんですか?」
全員が、弾かれたようにこちらに注目する。
「すみません。声がおおきすぎました・・・」
自分では声量を抑えたつもりだったが、おおきかったようだ。指先で頭をぽりぽり掻きながら謝罪する。
「なんだって?いまなんつった、主計?」
座っていてすら、おれたちより頭半分高い原田がきいてくる。
「伊東さんは、あからさまなおねぇなんですか?、と・・・」
「おねぇ、とはなんだ?」
山崎が、しごく生真面目に尋ねる。
ああ、そこか・・・。
頭を掻きつづけながら、一つ頷く。
説明しようとして、愕然とする。
んっ、おかま?ゲイ?同性愛者?この時代に、そんな言葉が通用するわけがない。
男色、衆道・・・?。
「あー、衆道っていうのですかね?おれのいたところでは、こことはずいぶん違いまして。なんていうんですか、あー」
どう説明すればいい?
この時代の男色について、よくわかっていないというのに。
おれのそっち系のなけなしの知識では、うまく説明できそうにない。
「つまりですね・・・。おれのいたところでは、そういう人たちは、みんな女性のような言葉遣いをする、と誤解されがちなんです。「だってー」とか「ですってー」とか」
実際に体をくねらせ、しなをつくりながら、甘えた声をだして実演してみせる。
まさしく、山崎がさきほどやってみせたように。
ちなみに、山崎のはじつにうまかった。
それが真似だったのなら、伊東のことが「よくわかった!」、といえるほどのものである。
沈黙。全員がかたまっている。
「もしもーし、みなさん?というわけで、こんな感じの言葉や男を、おねぇ言葉といったり、おねぇと呼んだりするわけです。ですが、みんながみんな、そういうわけではありません。だから、さきほど、誤解されがち、といったのです」
隣に座っている島田、それから、真向かいの原田の眼前でひらひらと掌を振り、正気づかせながら説明する。
「なるほど・・・」
「そいつは面白れぇ。そうだ、「おねぇ」。伊東さんは、主計のいうところの「おねぇ」、だ」
永倉は、そう断言してから笑いだす。
「どうだい、「おねぇ」と呼んでは?おれたちだけの隠語だ、隠語。御陵衛士隊長「おねぇ」。新撰組元参謀「おねぇ」。こいつはいい、よすぎて・・・」
原田は、自分の案に自分で受けたのか、腹を抱えて笑いだす。
「ああ、そいつはいい。いい二つ名だ・・・」
さしもの副長も、眉間から皺がなくなり、俯いて笑っている。
井上も山崎も島田も、腹を抱えて笑っている。
おれは、伊東を知らない。web上でみたのは、写真ではなくのっぺりした顔の絵である。
こんなのっぺり顔も、幕末にでは美男子ともて囃されるのか?、と考えていた。
おれの説明で、これだけ受けている。
ということは、伊東は、すくなくとも「おねぇ」であることは間違いない。
ひとしきり笑った。
結局、坂井はすぐには斬らず、泳がせることにした。うまく操り、逆に御陵衛士のことを探らせる。
もちろん、その操る者がおれであることは、いうまでもない。
そう、このおれであることは、疑いようもない。
地球が丸いのとおなじように・・・。