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スポーツドリンク


「それにしても、よくぞ名主が協力してくれたものだ」


 斎藤もまた、マックスに腹が減っていたのであろう。おむすびをほおばりながら尋ねる。


「すべての名主が、敵軍に尻尾をふっているわけではござりませぬ。なかには、幕府よりの方もいらっしゃいます。あらかじめ、協力的であった名主の名と屋敷を、結城殿の心中をよみ、われらであらためて協力をいただくよう根まわししておいたのです」


 組長三人は、おむすびをほおばる掌をとめ、呆然としている。


「いろんな意味で、おまえらだけは敵にまわしたくないな」

「ああ。新八、おまえの申す通りだ」

「同意いたします」

「ささっ、われらのつまらぬ話などより、おむすびを味わってください」


 俊冬にうながされ、組長たちはまたほおばりだす。


 おれのには、相棒の分も包まれている。ちゃんと、沢庵までそえられているではないか。


 大人の拳大のおおきさのが五つ。


 なにゆえ、奇数なのか・・・。


 なんか、試されているのか、おれ?


 ここは、「お兄さんは二つでいいから、弟のおまえがいっぱいお食べ」的に、相棒に三つプラス沢庵をやるべきなのか・・・。

 いや、まてよ・・・。組長たちは、それぞれ三つずつ割り当てられている。ということは、おれが三つで、相棒が二つプラス沢庵ってこと・・・。


「主計。喰わぬのなら、おれが喜んで喰ってやるぞ」


 双子もよもや、というほどの神速で、掌の上の竹の皮からおむすびが一個消えた。


「わわわ、なにをされるんです、永倉先生。おれも相棒も、腹が減っているのです」

「じーっとみつめたままじゃないか。腹が減ってないって思ったんだよ。なぁ兼定?ほら」


 永倉は、おれから奪ったおむすびを、相棒の眼前にさしだす。


「まてだぞ、兼定。そら、喰え」


 永倉は、アメリカンナイズされているばかりか、犬の訓練学校の先生までできそうだ。


 結局、おれが二つ・・・。


 しかし、塩っ辛くて旨い。塩むすびってやつである。ぺろりとたいらげてしまった。



「塩っからくしてもらいました。真夏ではないとはいえ、ご自身が想像もできぬほど、汗をかかれていますので」


 俊冬がいう。


 なるほど、アスリートにナトリウムが必要なのとおんなじか。 


 かれは弟とともに、背負っている銃を馬にくくりつけている。馬たちも、水を呑んでホッと一息つけたであろう。


 自分の分の竹筒をみつつ、うーん、酒かぁなんて考えてしまう。さっきの永倉の奇襲攻撃のこともある。さっさと呑んでしまおうと決意する。


「うわっ・・・」


 酒じゃない。これは・・・。


「スポーツドリンク・・・」

「ああ。主計、おぬしは酒が好きではなかろう。われらは、これをもっておるからな」


 俊春は、懐から例のだんだら模様の隊服からつくったリサイクル品のきんちゃく袋をとりいだす。


 なかをみせてもらうと、なるほど。かすかに酸っぱいにおいがする。もちろん、腐ってるとかのにおいではない。レモンっぽいにおいである。


「異人より檸檬を入手し、それを乾燥させたものだ。われらも、ときおりそれを呑む」


 俊春の三本しか指のない掌が、おれの竹筒を指す。


「名主の家に、砂糖があったからな。塩、砂糖、乾燥檸檬、それから、湧き水でつくってみた」

「へー、おれにも呑ませてくれ」

「おれもおれも」

「わたしも」


 俊春の説明に、組長三人も呑みたがる。間接キッスというのはスルーしておくとして、竹筒をまわし呑みする。


「うまい」

「ああ、酒のあとにぴったりだ」

「誠に、うまい」


 原田の酒のシメにってのは別として、マジでうまい。


 異世界転生で、アスリートもやっていたのだろう。


「そういえば、おまえらがフツーに喰ったり眠ったりってところ、みたことがないな」


 永倉が、道案内をつとめる双子の背につぶやく。


 小休止は、人間ひとだけでなく動物たちにもいい気分転換になったらしい。馬たちにいたっては、背に銃をくくりつけられているのに、足取りも軽い。


 そして、相棒も。沢庵がエネルギーとなったのか、スキップしだしそうなほどウキウキしている。


 もしかすると、馬も犬も、双子がいるからかもしれないが。


「われら、悟りをひらいておりますゆえ」

 月と星々の光の下、俊冬が手綱を握る掌と握らぬ掌をあわせ、合掌する。


 いやいや、俊冬。だったら、おれをいじれるわけないだろう?それに、他人ひとの心をのぞきみたりしないだろう?


 ツッコミまくってみた。


「勘違いするでないぞ、主計。悟りとは、心の迷いを超越し、真理を会得すること。わたしは、主計をからかうか否かを迷い、修行の上からかう道にゆきついた。さらには、主計をいびるという真理を会得した。つまり、われらがおぬしをどう料理しようと、それは悟りによってなしえているというわけだ」

「ちょっ・・・。なんなんです、それ?そんな悟り、きいたことありませんよ。それはですね。悟りではなく、屁理屈っていうんです」


 まったく。そんな悟りがあってなるものか。許してなるものか。


「なにを申すかっ!われらは、何千年もの間、結跏趺坐にて宇宙と現世の真理を追究したのだ」


 いや、俊冬。あんた、仏陀か?何千年もって、もりすぎっていうよりかもはや仙人レベルのペテン師じゃないか。しかも、結跏趺坐?


 もしや、これってこの無意味な話題のオチなのか?


 斎藤をみてしまう。


「んん?なにゆえ、わたしをみる?この話題に、わたしがちらりとでも関係しているとは思えぬが?悟りをひらくには、わたしは修行がたりなさすぎる」


 斎藤は歩をとめ、さわやかな笑みとともにいう。


「いいえ。関係あるんですよ、斎藤先生。ああ、悟りってところじゃありません。結跏趺坐ってところです」

「結跏趺坐?なんだそりゃ?」


 永倉の頓狂な叫びに、俊冬が教えてやる。


 これすなわち、仏教における最も尊い座法であることを。


「斎藤先生は、ずっとさきに亡くなるんですが、死ぬ際、この結跏趺坐で亡くなったといわれています」

「はあ?わたしは、出家でもするのか?」


 驚くのも無理はない。フツー、そんな恰好で死ぬなんてことないだろう。



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