とんでもない符牒
「偉大なる隊士の散歩係は?」
頭上で鬱蒼と茂る枝葉の上のほうから、愉しげな声がふってくる。
「その名は、主計。偉大なる隊士の散歩以外は、てんで役に立たぬやつだ」
すかさず、永倉が頭上をあおぎみ、応じる。
「ちょっ・・・。どういう符牒なんです、それ?」
永倉にならい、上を向いてクレームをつける。
「偉大なる隊士に役立たずの散歩係って、ズバリすぎてチョーウケる、と申しておる」
左耳にささやかれて悲鳴をあげそうになったところを、右側から掌で口をおおわれてしまった。
「だれもが、そうと認めておる。主計、現実から瞳をそむけるものではない」
ついでに、右耳にささやかれる。
もちろん、双子以外のなにものでもない。
気配も音もなく接近してきたのはいうまでもなく、木上から音もなく飛び降りるなんて・・・。
さすがは、リアル忍びである。
月と星々の明かりの下、双子が立っている。
背に、数えきれぬほどの銃を背負っている。
おれだけでなく、組長たちもほっと溜息をもらす。
かれらが無事であること、再会できたこと、それらが安堵感となって心を満たす。
「おまえら・・・」
おれだけではない。組長たちも心底ほっとしたらしい。永倉がちかづいてきて俊冬と、つづいて俊春と拳をうちあわせる。
そして、原田、斎藤、おれも同様に、拳をうちあわせてたがいの無事を喜びあう。
「兼定、散歩係を護ってくれてありがとう」
俊春がいう。
ったく・・・。
現代のハンドラーは、タイムスリップしてお犬様の散歩係からのしあがるぞ!になってしまった。
「ところで、律義に銃を回収してくるとは、おぬしららしいな」
斎藤が、双子の背負うあまたの銃を指さす。
いくら敵の手に渡したくないとはいえ、背負ってってたいへんだったであろう。しかも、漫画の忍びまんまに、枝から枝へぴょんぴょんと飛び移ってきたのだろうし。
「ああ、甲陽鎮撫隊の銃は、おいてまいりました。これらは、離脱するまえに板垣先生に戦勝の挨拶にうかがい、先夜の甲府土産の返礼の品ということで、いただいてまいったライフル銃でございます」
めっちゃマジな表情で、とんでもないことをのたまう俊冬。
おれたち四人は、愛想笑いを浮かべて「う、うん」と頷くのが精一杯だ。
「おれたちがここにいるって、よくわかったな。おっと、かような問いはするだけ無駄ってやつか」
原田の問いに、双子は苦笑している。
「青梅街道のちかくとはいえ、街道はつかわぬほうがいいでしょう。いましばらく険しい難所がつづきますが、朝には江戸へ帰還できるかと」
青梅街道は、新宿と甲府盆地を結ぶ裏街道といわれている。関所が設けられていないからである。当然、そのリスクは難所という形である。が、おれたちはそれすらつかえず、このまま獣道や道なき道をゆかねばならない。
「あともうすこしゆきましたら、沢がございます。そこで四半時(約30分)ほど休みましょう。みなさまはもとより、馬たちもつかれきっております。水を呑み、わずかでも喰いものを腹に詰めれば、すこしは元気がでましょう」
「なにいっ!喰いもんがあるのか?」
「なんだと?喰いもんにありつけるのか」
俊冬の言葉に、ソッコー喰いつく永倉と原田。
「ええ。これへまいる道中、名主の一人の屋敷によってわけていただきました」
「なんてことだ。やはり、できる男はちがうな。なぁ、しゅ・・・」
「ええ、ええ。そうでしょうとも、斎藤先生。さっ、ゆきましょう。馬たちがかわいそうです。なにかあったら、安富先生に竹根鞭で折檻されてしまう」
嫌味をいってくる斎藤にかぶせ、みなをうながす。
たしかにと、全員がおれに同意してくれた。
そして、またあゆみだす。
驚いたことに、しばらくあゆむとちゃんと沢があるではないか。
そんなにおおきなものではない。おそらく、動物たちの水呑み場的なものであろう。
なににもおいて、まずは馬たちに呑んでもらう。あ、訂正。お犬様もであるから、まずは動物たちに、というわけである。
「それにしても、よくわかったものだな」
永倉も、感心している。
「ああ、そうか。水の流れるかすかな音がきこえたってわけか?」
斎藤の推測。
「いいえ、斎藤先生。主計から、この戦におけるおおよその展開をきかされておりましたゆえ、物見にでた際に、あらゆる逃走の道程を想定し、みてまいったのです」
さすがである。
異世界転生で、「GoogOeストリートビュー」のカメラマンでもやっていたのだろう。
「おお、そうでした。みなさまには、これを」
俊冬がいい、双子はそろって腰にぶら下げている袋をほどく。
その二つの麻袋からでてきたのは、竹の皮につつまれたおむすびと、竹筒に入った酒である。
「おいおい、酒っていいのか?」
竹筒のにおいを嗅いだ永倉が、にんまり笑ってツッコんだ。
「なんの。養老乃瀧のただの水。いまからは、休みなしですすみます。酒で英気を養ったところで、罰はあたりますまい」
「いいこというよな、俊冬。では、遠慮なく」
原田は自分の分のおむすびを、豪快に頬張った。