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局長と狼

「すまぬ」

「局長。かような言の葉は、不要でございます。われらは、戦を熟知しております。ときをかせぎ、とっとと離脱いたしますゆえ」

「わかっている。いや、わたしがいいたいのは、おまえたちのここにたいしてのことだ」


 局長はそういいながら、おおきな掌を自分の胸にあてる。


「俊冬、俊春・・・」


 局長は、かれらのまえに両膝を地につけて目線をあわせる。


「俊冬、おまえは歳とおなじだ。自身がしっかりせねば、自身が強くありつづけねば、といつもがんばりすぎている。自身の気持ちや思いをころし、仲間のため、弟のために心身を削っている。俊春、おぬしも同様だ」


 局長は、俊春がわかるよう口の形をおおきくし、ゆっくりと言葉をつむぎだす。


「仲間のため、兄のために修羅になる・・・。おまえたちこそ、誠の武士さむらい、誠のひと。おまえたちになにかあれば、わたしやここにいるみなが、悲しむどころの騒ぎではない。主計は、あの世までいって揶揄われたいと思うであろう。なにより、歳が・・・」


 双子は言葉もなく、局長の語ることに耳をかたむけている。


 左脚許の定位置でお座りしている相棒が、くーんと甘えた声で同意する。


 たぶん、いまのは同意なんだろう。

 残念ながら、双子や為次郎のようにはわからないが。


「どれだけ悲しむか・・・。歳は、わかるであろう?ああいう性質たちゆえ」


 局長は、苦笑する。ぶっとい両腕を伸ばすと、それぞれの掌を俊冬と俊春の肩に置く。


「承知しております、局長」


 ややあって、俊冬が応じる。

 その声は、ビミョーに揺れている。


「野良犬にはもったいなき言の葉でございます。なれど、うれしく・・・。最高の気分でございます」


 俊冬は、にっこりと笑う。その双眸から、涙が落ちてゆく。


 そのとき、曇の合間から、陽が射し込んできた。


 陽は、きらきらと三人を照らす。


 その煌きのなか、またしても二頭の狼が・・・。


 なにゆえ、ファンタジーチックな情景がこうもみえるのか・・・。


 そっと、組長たちや安富、中島へ視線をはしらせる。


 組長たちは、まえにもみたことのある狼なので、さして驚きもなさそうである。それどころか、満足そうにみつめている。

 そして、安富と中島は驚愕の表情かおながらも、どこか安堵しているというか、納得しているというか、そんな雰囲気である。


 相棒もまた、満足げに双眸を細めている。


 二頭の狼・・・。副長に似ていることと狼は、なにか関連があるのか?

 まさか双子ではなく、副長のほうが、異世界から現世こっちへやってきた、ファンタジックな王様だとか?双子は、そこで副長に仕えていた狼神とか狼騎士とか・・・。


 いやいや、まさしくファンタジーじゃないか。


「いいらだ。なれば、一つわがままをきいてくれ。おぬしらの雄姿を、瞼に焼きつけておきたい。敗軍の将として、せめておぬしらの雄姿を脳裏と精神こころの糧としたい。これからやってくるであろうこと・・のためにも・・・」


 その局長の願いをきいた瞬間、膝から力が抜けてしまった。倒れそうになり、すんでのところで永倉が受け止めてくれた。


 そのごつい腕と胸板に支えられつつ、永倉自身も動揺し、支えを必要としているのを直感する。


 たがいに支えが必要であることを、永倉とおれはたがいにわかっている。


 それは、原田と斎藤も同様であろう。真っ蒼な表情かおで、局長をみている。


 局長は、みずからの命運を悟っている。

 やはり、おれからそれを感じたのだ。


 そのおれたちの動揺のなか、俊冬と俊春は、動揺していてもさすがである。ポーカーフェイスを保ったまま、同時にこうべを垂れる。


「是非に。たいしたわざのかぎりではござりませぬが・・・。ただし、ご覧になられましたら、すぐにでもみなさまと離脱されますよう。われら、人間ひとの血をみますれば、暴走いたしかねますゆえ。そうなりますれば、敵味方みさかいなく殺りまくってしまいます」


 なんてこと・・・。

 俊冬は、漫画にでてくる破壊系ヒーローみたいなことをいっている。

 よくある、無我の境地とか精神こころの深淵に入ってとかで、意識が飛んでわからなくなるっていう、あれである。


 衝撃につぐ衝撃・・・。


 組長たちとともに、ささえあって局長と双子のそばへとちかづいてゆく。


 そのとき、田畑のむこう側に敵軍があらわれた。おそらくは、農兵による急ごしらえの隊なのであろう。が、そこそこに統率はとれているようにうかがえる。


 こちらは、背後が林である。そのさきには山があり、峠をこえればここから逃れられる。


 この地点へ退くようにとの、双子の指示であった。

 双子はしっかりと物見をし、あらゆる流れ、経緯を想定し、この地点を指示したのだ。


 ひとえに、逃れやすくするように・・・。


 さすがとしかいいようがない。


「近藤さん、すぐにでもひけるよう・・・」

「ああ。わかっている、新八・・・」


 永倉の言葉を背に受け、局長は、最後にごつい掌で双子の頭を撫でてから立ち上がった。


「気をつけろ」


 原田が双子にいうと、二人は同時にうなずき了承した。


 二人は片膝ついた姿勢のまま、局長だけではなくおれたち全員に深々と頭を下げてから立ち上がった。


 それから、ゆっくり背後に展開しつつある敵軍へと体ごと向き直った。


 それは、獲物を狩るまえの狼のごとき様相であった?

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