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グッバイ 大石

「大石。貴様、自身のまえを逃げてゆく手下てかを二名、斬ったであろう?」


 温厚な島田が、静かな声でするどく問う。その声には、ぞっとするほど冷たい響きがこもっている。


「わたしは、みていたのだ。木村きむらと、上田うえだだ。自身が逃げたいがために、手下てかを斬るなどとは・・・」


 なんてことだ・・・。


 その二名は、昨夜、加賀爪と上原から、大切なものをとりあげた二名である。


 敵との戦いではなく、味方に殺られるなんて・・・。


 刹那、この場に殺気がみちる。

 敵に向けられる以上の殺気が、大石に向けられている。


「おいおい、伍長さんよ。それは、勘違いだ。おれはただ、逃げたあの二人を、「局中法度」にのっとって処罰したまでのこと。文句があるんなら、内藤副隊長にいうんだな」

「「おれよりさきにゆくな。邪魔なんだよ」・・・。わたしは、俊冬や俊春ほどではないが、耳朶はいいほうだ。たしかに、そうきこえたが?」


 島田も、怒りマックスなようである。すでに、腰の得物に掌がかかっている。

 一方で、いつもだったら猛り狂う組長たちが、沈黙を護ったままなんのリアクションもない。


 それがかえって怖ろしい。


 組長たちも、すでに大石の末路はわかっている。ここでとやかくいって、相手にするのは体力のムダだと思っているのであろう。


 そのとき、局長が無言のまま掌をあげた。それは島田に向けられたもので、落ち着くようなだめる掌である。


「大石。さっさとゆけ。これまでのこと、礼を申す。わたしがまだ平静をたもっていられるいまのうちに、眼前より消えてくれ」


 低くちいさい恫喝は、おれたちですら震え上がるほど殺気がこもっている。


「くそっ」


 大石は、局長の圧に完敗した。舌打ちとともに、踵をかえす。


「ゆくぞ、おまえら」


 そして、残りすくない手下てかに怒鳴り散らす。


「わたしたちは、残ります。大石さん。悪いが、おれたちは新撰組の隊士であって、あんたのつかいっぱしりでも道具でもない」

「さよう。これまでのこと、いまさら許されるとは思わぬが、死ぬときくらい新撰組の隊士として正々堂々と死にたい」


 手下てかたちが、反旗を翻す。

 

「覚えてろ、くそったれ!」


 そして、悪者が吐く王道の捨て台詞を残し、駆けさる大石。


 もはや、その背をみおくる者はいない。



「俊冬、よくぞ耐えてくれた」


 しばしの沈黙ののち、局長が静かにいう。いまはもう、いつもの局長に戻っている。


 みなよりはなれたところに立っている俊冬は、無言のまま頭を下げる。


 俊冬が、なんらかの方法で大石を始末するつもりだったのか・・・。

 局長はそれに気がつき、わざとああいって放逐したということか。


「局長、ときがありませぬ。ここは、われらが」

「いや。やるならば、全員でだ。俊冬、俊春。京でのことは、きいている。おまえたちならば、敵がどのくらいいようが、どのような武器をもっていようが、殿しんがりをつとめてくれよう。なれど、そういう問題ではなかろう?」


 局長の言葉に、数名がうなずく。どの隊士も、京の戦いのあの場にいなかった者たちである。


 俊春が修羅と化したあの場に・・・。


「近藤さん、あんたは退いてくれ。否、ここはとっとと、おれたち全員で退くべきだ。いれば、かえって二人の邪魔になる」

「新八のいうとおり。せめて、この二人の邪魔にならぬよう、おれたちは退くべきだ」

「新八、左之・・・。わかった。なれば、おまえたちがみなを率い、これより離脱するのだ。わたしは・・・」

「局長。あなたが離脱せねば、われわれもできぬのです。われわれは、副長よりあなたを任されております。戦況は、最初はなから悪かった。われわれをここに送りこんだ連中も、それをみこしております。ここで逃げるは恥ではありませぬ。つぎへとつなげる教訓なのです」


 斎藤が力説する。


「近藤さん、みなのために頼む。二人がもちこたえている間に、すこしでも遠くへ落ちるべきだ」


 そして、永倉。

 穏やかに諭すその言葉に、局長のごつい両肩がわずかに落ちる。


 一瞬、斬首になるくらいなら、ここで戦死したほうが・・・。という考えがよぎる。


 いや、ちがう。なにを考えている?そんなこと、あっていいわけがない。


「島田、勘吾、雅次郎、さきにゆけ。できるだけ、分散してゆくんだ。あとで追いかけるが、万が一の場合は、江戸で落ち合おう」

「承知」


 原田が、勝手に話をすすめる。命じられた三人も、それを不服に思うわけはない。


「さあ、ゆくぞ。適当にわかれてついてこい。おまえらもだ」


 蟻通が、大石の手下てかだった隊士たちにも声をかける。


 みな、局長に一礼し、双子にも一礼を送って駆けてゆく。


「才輔、登。荷馬車の馬に乗ってゆけ。日野もそのまま通過し、めいいっぱい飛ばして江戸へゆくんだ。かならずや、局長を護り抜け。いいな」

「おまかせを」

「承知」


 永倉のめいに、安富と中島は不敵な笑みとともに応じる。


「近藤さん。あんたさえいれば、いつだって再起をはかれる。死ねば、それまで。ここは、二人に任せよう」


 永倉の説得も、局長の耳には入らないのかとヒヤッとしたが、局長はわかっている。永倉が説得するまでもなく。


 腕をつかもうとする原田の掌をすり抜け、局長は敵軍に相対する準備をしている双子にちかづく。


「俊冬、俊春」


 俊冬は銃をかき集めており、俊春は自分の「村正」とはべつに、だれかがほうり捨てていったでろあろう無銘の刀を選りすぐっている。


 二人は局長に呼ばれると、そのまえに片膝ついて控える。

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