開戦からのあっという間の敗退
「おまえら、いったいなに者だ?なにゆえ、ここまでやってくれる?おれには、おまえらがここにいることじたい、不思議でならない。否、そもそも、京で出会ったってことじたい、偶然でもなんでもないって気がしてきている」
永倉の言葉も、おれにとっては衝撃的である。
たしかに、すべてがそのとおりである。いわれてみれば、いくら暗黙裡に動いていたとしても、これだけおおくの人にしられている双子である。明治期に、だれか一人くらいは「ああ、昔、こういう男たちがいた」的な話を語っていてもおかしくない。
誠にいま、このときだけに存在するのなら、あまりにもできすぎている。
永倉のいうとおり、出会いからそのあとにつづくすべてが、偶然や奇跡などではなく、必然であり、仕組まれたことにすら思えてくる。
「すまない。なんか混乱している。兎に角、おまえらがなに者であったとしても、土方さんのかわりに死のうって思っているんなら、やめてくれ。かようなこと、許されることではないし、そもそも、土方さんは絶対に許すまい」
「永倉先生・・・」
いまや永倉は、叫んでいる。
俊冬は穏やかな表情で、自分の袷部分を握りしめている永倉の掌に両掌を添える。
「いつも申しておりますように、われらは獣、犬でございます。あなた方に拾っていただき、はじめて主を得ました。ゆえに、護りたい。われらは、ただそれだけを願っております」
単調な言葉が、静まり返った林を流れてゆく。あまりにも単調すぎ、催眠術にかけられたかのような感覚になる。その不可思議な感覚のなか、かれの言葉を疑うことなく受け入れてしまう。
「万が一のことを想定し、髪を伸ばしているだけのことでございます。副長が生き残るのでしたら、われらはどこまででもお供し、護りぬく所存。ゆえにどうか、われらのことはお案じ召さるな」
永倉の掌が、俊冬の袷部分からはなれる。
永倉は意識をしっかりさせようとするかのように、相貌を幾度か振っている。原田も同様に、相貌を振っている。そして、斎藤も。
おれも、頭と精神のなかにひろがる靄を、相貌をふって追い払う。
そのとき、木々の向こうのほうで人の気配を感じた。
双子はすでに、そちらへ意識と瞳を向けている。
「脱走者のようですな。六名。東に向かっております」
組長たちも、そちらのほうへ相貌を向ける。
「仕方がない。戦う気力をうしなった者に武器をもたせても、つかいもんにならない。それに、いまのうちに逃げておいてくれたほうが、おれたちもいらぬ気をまわさずにすむ」
永倉は、いまいましげにつぶやく。
「おれがかようなことをいったとしれれば、土方さんにどやされるな」
そう付け足す。
「また気配が・・・」
斎藤が呆れたようにいう。
これが、朝までつづくでのある。
百二十名程度に減るまで・・・。
三月六日。
山梨の田中、歌田というところで、敵と戦闘を開始した。
双子が敵の大砲に細工をしたとはいえ、敵の所持する大砲の数はすくなくない。しかも、性能はこちらよりはるかに上。射手の技量も格段にちがう。
たいする甲陽鎮撫隊は、大砲二門。しかも、大砲の扱い方をしっている者は皆無。事前に、射手に任命された数名が双子のレクチャーを受けたが、その射手も逃亡してしまっている。急遽、双子が残っているなかから数名にレクチャーをした。
こんな状態で、まともに機能するわけもない。
開戦当初、向こうは大砲の弾を的確に飛ばしてきた。斥候が、着弾地点をしらせているからである。
俊春がその斥候を追い払い、逆に敵のちかくまで迫ってこちらへ着弾地点をしらせてくれる。敵が旗をつかっているところを、俊春は指笛である。これだけの喧騒のなか、俊冬の耳は確実に弟の発する指笛の音色をとらえることができる。
だが、ピンチヒッターの射手たちは、すっかりてんぱっている。弾を逆にこめたり、まったくちがう方向へ撃ったりと、てんでお役に立たない状態である。
そのお粗末な攻撃で、敵に位置がばれてしまった。またしても、大砲の攻撃が。その攻撃で、完全に崩れてしまった。
退却の命もでていないのに、逃げる兵士たち。
局長から、柏尾板まで退くよう命がでる。
「どうやら、断金隊と護国隊が追ってきております」
最後まで歌田にとどまっていた双子の報に、局長は挫けるどころかかえって闘志を燃え立たせる。
いや、そうみせかけている。
局長の周囲に集まっているのは、新撰組の隊士のみ。
佐藤と弾左衛門も、それぞれ落ちている。
つまり、みなが無事に戦場から離脱できるよう、新撰組が戦場に踏みとどまろうというわけである。
市村と田村は、いちはやく離脱させた。局長は、残って戦うと泣き叫ぶ二人を、泣きながら平手打ちを喰らわせなければならなかった。野村がなかば強引に二人を馬に乗せ、久吉と沢とともに落ちていった。
「局長、撤退のご指示を」
俊冬が、静かにうながす。副長がいないいま、かれが局長に進言する役まわりである。
「いや・・・。落ちていったみなが、無事に落ちのびるまでは・・・」
「もう限界なんだよ、局長。現実をみろよ。たったこれだけだ。これで、何千人も相手にしろっていうのか?冗談ではない。おれは、ごめんだ」
「大石、だまれっ!貴様は、なにもしておらぬではないか」
蟻通が激怒する。いや、かれだけではない。この場にいるだれもが、憤怒の形相で大石をみている。
敵がちかい。じょじょにどころか、最速でもって迫ってきている。
肌や空気で感じるなんてなまやさしいものではない。音でも臭いで感じられる。