表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

544/1255

開戦からのあっという間の敗退

「おまえら、いったいなに者だ?なにゆえ、ここまでやってくれる?おれには、おまえらがここにいることじたい、不思議でならない。否、そもそも、京で出会ったってことじたい、偶然でもなんでもないって気がしてきている」


 永倉の言葉も、おれにとっては衝撃的である。


 たしかに、すべてがそのとおりである。いわれてみれば、いくら暗黙裡に動いていたとしても、これだけおおくの人にしられている双子である。明治期に、だれか一人くらいは「ああ、昔、こういう男たちがいた」的な話を語っていてもおかしくない。


 誠にいま、このときだけに存在するのなら、あまりにもできすぎている。


 永倉のいうとおり、出会いからそのあとにつづくすべてが、偶然や奇跡などではなく、必然であり、仕組まれたことにすら思えてくる。


「すまない。なんか混乱している。兎に角、おまえらがなに者であったとしても、土方さんのかわりに死のうって思っているんなら、やめてくれ。かようなこと、許されることではないし、そもそも、土方さんは絶対に許すまい」

「永倉先生・・・」


 いまや永倉は、叫んでいる。


 俊冬は穏やかな表情かおで、自分の袷部分を握りしめている永倉の掌に両掌を添える。


「いつも申しておりますように、われらは獣、犬でございます。あなた方に拾っていただき、はじめて主を得ました。ゆえに、護りたい。われらは、ただそれだけを願っております」


 単調な言葉が、静まり返った林を流れてゆく。あまりにも単調すぎ、催眠術にかけられたかのような感覚になる。その不可思議な感覚のなか、かれの言葉を疑うことなく受け入れてしまう。


「万が一のことを想定し、髪を伸ばしているだけのことでございます。副長が生き残るのでしたら、われらはどこまででもお供し、護りぬく所存。ゆえにどうか、われらのことはお案じ召さるな」


 永倉の掌が、俊冬の袷部分からはなれる。


 永倉は意識をしっかりさせようとするかのように、相貌かおを幾度か振っている。原田も同様に、相貌かおを振っている。そして、斎藤も。


 おれも、頭と精神こころのなかにひろがる靄を、相貌かおをふって追い払う。


 そのとき、木々の向こうのほうで人の気配を感じた。


 双子はすでに、そちらへ意識とを向けている。


「脱走者のようですな。六名。東に向かっております」


 組長たちも、そちらのほうへ相貌かおを向ける。


「仕方がない。戦う気力をうしなった者に武器をもたせても、つかいもんにならない。それに、いまのうちに逃げておいてくれたほうが、おれたちもいらぬ気をまわさずにすむ」


 永倉は、いまいましげにつぶやく。


「おれがかようなことをいったとしれれば、土方さんにどやされるな」


 そう付け足す。


「また気配が・・・」


 斎藤が呆れたようにいう。


 これが、朝までつづくでのある。


 百二十名程度に減るまで・・・。



 三月六日。


 山梨の田中、歌田というところで、敵と戦闘を開始した。

 双子が敵の大砲に細工をしたとはいえ、敵の所持する大砲の数はすくなくない。しかも、性能はこちらよりはるかに上。射手の技量も格段にちがう。


 たいする甲陽鎮撫隊われわれは、大砲二門。しかも、大砲の扱い方をしっている者は皆無。事前に、射手に任命された数名が双子のレクチャーを受けたが、その射手も逃亡してしまっている。急遽、双子が残っているなかから数名にレクチャーをした。


 こんな状態で、まともに機能するわけもない。


 開戦当初、向こうは大砲のたまを的確に飛ばしてきた。斥候が、着弾地点をしらせているからである。


 俊春がその斥候を追い払い、逆に敵のちかくまで迫ってこちらへ着弾地点をしらせてくれる。敵が旗をつかっているところを、俊春は指笛である。これだけの喧騒のなか、俊冬の耳は確実に弟の発する指笛の音色をとらえることができる。


 だが、ピンチヒッターの射手たちは、すっかりてんぱっている。たまを逆にこめたり、まったくちがう方向へ撃ったりと、てんでお役に立たない状態である。


 そのお粗末な攻撃で、敵に位置がばれてしまった。またしても、大砲の攻撃が。その攻撃で、完全に崩れてしまった。


 退却のめいもでていないのに、逃げる兵士たち。



 局長から、柏尾板まで退くようめいがでる。



「どうやら、断金隊と護国隊が追ってきております」


 最後まで歌田にとどまっていた双子の報に、局長は挫けるどころかかえって闘志を燃え立たせる。


 いや、そうみせかけている。


 局長の周囲に集まっているのは、新撰組の隊士のみ。


 佐藤と弾左衛門も、それぞれ落ちている。


 つまり、みなが無事に戦場から離脱できるよう、新撰組われわれ戦場いくさばに踏みとどまろうというわけである。


 市村と田村は、いちはやく離脱させた。局長は、残って戦うと泣き叫ぶ二人を、泣きながら平手打ちを喰らわせなければならなかった。野村がなかば強引に二人を馬に乗せ、久吉と沢とともに落ちていった。


「局長、撤退のご指示を」


 俊冬が、静かにうながす。副長がいないいま、かれが局長に進言する役まわりである。


「いや・・・。落ちていったみなが、無事に落ちのびるまでは・・・」

「もう限界なんだよ、局長。現実をみろよ。たったこれだけだ。これで、何千人も相手にしろっていうのか?冗談ではない。おれは、ごめんだ」

「大石、だまれっ!貴様は、なにもしておらぬではないか」


 蟻通が激怒する。いや、かれだけではない。この場にいるだれもが、憤怒の形相で大石をみている。


 敵がちかい。じょじょにどころか、最速でもって迫ってきている。


 肌や空気で感じるなんてなまやさしいものではない。音でも臭いで感じられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ