局長をどうする?
「礼をいっとく。俊冬、おまえの機転と説得のおかげで、あいつらは死なずにすむかもしれねぇ」
永倉は双子のまえまで歩をすすめ、俊春にもわかるように口の形をおおきくして告げ、ぺこりと頭を下げる。
「あとは、できうるかぎり護るだけだな」
永倉の言葉に、無言でうなずく双子。
「われらも、できうるかぎり気を配りましょう。ところで、敵軍の様子を探るとともに、大砲に細工をしてまいりました」
さらっというものだから、なんのことか理解するまでにしばしときを要してしまう。
「おいおい、誠かよ・・・」
「すごすぎるな、おまえたちは」
双子のいつもの超絶奇想天外な行動に、永倉と斎藤は苦笑とも驚きともつかぬ笑みを浮かべる。
「むこうは、甲陽鎮撫隊側に脱走者が続出しているのを、このあたりの農民の報によってしっております」
「くそっ!結城のやつが、こっちにとりこんでるんじゃないのか?くそったれ」
「新八さん。あくまでも、名主に回状で触れているだけ。いたしかたないのではなかろうか」
斎藤のいうとおりではある。が、こちらに味方してくれないのなら、なにもアクションを起こさないでほしかったものである。
などと、都合よく考えてしまう。
「それも、どうでしょうか・・・。かれが是非にと申すので、それならばと頼んだつもりでしたが・・・。われらの期待どころか、信頼まで裏切ったようですな」
俊春が唇に指をあて、視線を向こうで眠っている結城へとはしらせる。
いつの間にか、大鼾がやんでいる。そして、相棒が、お座りをしてこちらをみている。
狸寝入り・・・。
「大砲に細工をしたからと申して、戦局がかわるわけでもありませぬ。せいぜい、被害をおさえる程度」
「いや、俊冬。充分だ。正直、どうやって逃げるかしか考えてないしな。士気のたかい大軍にむかってゆく気はない。犬死だ。逃げる背に大砲をぶっぱなさられりゃ、それこそ被害は甚大だからな」
俊冬も永倉も、結城の狸寝入りに気がついている。声のトーンをかぎりなく落とした。
「なぁ・・・。この面子のときに、話しておきたいことがあるんだが」
それまでだまっていた原田が、そうきりだしてきた。
話の内容は、容易に想像がつく。
アイコンタクトで、場所をかえようということになった。
相棒に指を振ってみせ、ひきつづき結城を監視するよう伝える。
また寝そべる相棒。
すこしはなれた林のなかに入り、そこで立ち話をすることに。
「左之。土方さんから、このことについては動くなっていわれてるよな?」
「新八さんの申す通りです。勝手に話し合ったり、というのはまずいのでは?」
永倉と斎藤もまた、なんの話かはわかっている。永倉は、生い茂る枝葉の合間にみえる月をみあげ、斎藤は油断なく野営地のほうへ視線を向け、それぞれアテンションした。
が、どちらの声音にも、それを咎めるというよりかは確認のようである。
なぜなら、鋭さがほとんどないからである。
「ちっ!このまえの俊春のときにもいったよな?おれは土方さんのいうことより信をとる、と。土方さん、おれたちに枷をはめたくないだけだ。ふんっ・・・。おれたちの枷は、自身の枷でもあるみたいなことをいうくせに、土方さん自身のそれは、自身だけのものっていうのであろう?かようなこと、ただのいい恰好しいではないか?」
原田は、いまいましげにいった。この戦のために草履から履きかえた軍靴の先端で、地面を蹴る。
その言にもまた、非難がましい響きはまったくない。
彼は、副長を心配しているのである。そして、なにもできぬ悔しさがにじんでいた。
「土方さんらしいがな・・・。だが、このままでは近藤さんを助けることはできない。そうであろう?主計、おまえになにかいい策はないのか?俊冬、俊春、おまえらは?おまえらなら敵に願いでて、せめて生命だけはどうにか、ってことにならないのか?」
「さよう。おまえたちの力ならば、局長の生命をというよりかは、戦とは関係のないどこか遠くにお連れするってことができるのではないのか?」
永倉も斎藤も、ずっと悩んでいたにちがいない。
「正直、史実などどうでもいいと思っています。斎藤先生のおっしゃるとおりです。いまのうちに、どこかに、それこそ、大陸なりほかの異国なりにゆくのが、一番いいと」
本心である。歴史がかわろうが関係ない。
局長の生命のほうが、大切にきまっている。
「ですが・・・」
そこで、言葉をきってしまう。
言葉にせずとも、表情にでているであろうから。
なにせ、わかりやすいおれである。みな、この表情をみただけで、おれがなにを考えているのか、いいたいのか、わかったはず。
「そうだよな・・・。近藤さん、こだわりがあるからな。それに、依怙地なところも。おれみたいに、柔軟なところがありゃあ、説得してどこにでも連れてゆけるんだが」
「左之、おまえのは柔軟じゃない。いい加減なんだよ」
「うるさい、新八。まぁ、まず誤魔化しはきかない。説得も無理だ。だったら?あとは、眠り薬でもつかって、無理矢理どっかに拉致するしかないよな?」
原田のいうとおりである。
局長に、戦線離脱しましょうといったところで、納得するわけがない。だますことも不可能。
史実では、流山で敵軍に投降する。おそらくは、駐屯している副長たち仲間を逃すためだったのであろう。
敵軍を、甘くみていたのかもしれない。近藤勇ではなく大久保大和を名乗れば、誤魔化せると思ったのかも。
元御陵衛士である加納鷲男が敵軍にくわわっており、大久保大和が近藤勇であることをバラしてしまう。
そして、斬首に・・・。
「ここはやはり、土方さんに説得してもらわんとな。まだ可能性があるのは、土方さんであろう?総司や平助の名をだし、生き残ってくれってな。妻子だっているんだ。幕府はなくなった。朝敵になって戦いつづけたって、勝ち目はない。錦旗に、勝てるわけはない」
原田は、よくわかっている。
いや、それは永倉も斎藤もである。が、二人は原田とちがい、局長ほどではないにしろ意地がある。
幕府にたいしてではなく、自分自身の意地が・・・。