教祖様と身代わり
「大石のやつめ。調子にのりやがって」
「かえって、こちらの背が危うくなりやせぬか?」
永倉と原田が、いまいましげに話をしている。そのちかくで、加賀爪と上原が、泣きそうな表情で組長たちと双子に礼をいっている。
「大切な懐刀と写真でしょうが、くれてやってはいただけませぬか?」
そうだ。加賀爪の懐刀と上原の写真は、大石の手下がまだもっている。
俊冬の頼みに、二人は残念そうな表情でちいさくうなずく。
「丁重にお願いし、取り返すことは簡単でございます」
俊冬は、つづける。
なるほど・・・。双子のことをびびりまくっているあの連中なら、俊冬が掌を差しだしただけで、返すはず。
「そうか。なるほどな」
永倉がいい、おれも同時にひらめいた。
「加賀爪、上原、すまぬ。ここはなにも申さず、おまえらの大切なもん、やつらにやっちゃくれまいか?」
「ええ?、永倉先生、それは・・・」
加賀爪がいい、二人で相貌をみあわせる。
「大事なもんだってことは、重々わかっている・・・」
永倉は、真摯につづける。
かれらは、永倉から原田へ、斎藤を経て双子へと視線をうつしてゆく。最後に、おれとそれがあう。
どちらからともなく、気弱な笑みを浮かべる。
「わたしのほうは・・・。無銘のものですし。ただ、死んだ母が父のものだといい、わたしの名を刻み、もたせてくれたものなので」
「わたしも、病で死ぬ直前に撮った妹の写真だったもので」
どちらも、形見だったんだ・・・。
本来なら、奪い返したい。
俊冬がこちらをみている。無言で、うなずいてみせる。
「ご両者。ここだけの話にしていただきたのです。じつは、兼定の散歩係の主計は、いかがわしい占いで喰っておったことがあります。その占いによると、ご両者に災いがふりかかると」
おれの役割が相棒の散歩係ってことは、新撰組の公式HPで発表され、ひろく認識されてるらしい。
「それとはべつに、われらは、古よりわが国や清の国に伝わるあらゆる占術、霊媒術、神の予言に精通しております」
ちょっ、俊冬。それだと、偉大なる予言者みたいじゃないか。おれは、いんちき占い師なのに、自分はノストラダムス的に凄いと?
「ご両者に、死相がでております」
声もなく、二人はまたおたがいの相貌をみあわせる。
「お案じ召さるな。その死相は、ついさきほど消え申した。ご両者のもつ懐刀と写真が、身代わりとなってくれたのです」
実際には、二つのアイテムにそんな力はない。つまり、名前入りのものを奪った大石の手下がもつことで、うまくゆけば加賀爪と上原が戦死した、と認識されるかもというわけである。
奪った者には申し訳ないが・・・。
「なんと・・・。いんちき占い師の主計は兎も角、俊冬先生のみたては間違いありますまい」
ちょっ・・・。加賀爪、ひどくないか?
「さよう。俊冬先生のおっしゃることは信じられます。なれど、わたしたちのかわりに死ぬのですよね、あの連中のだれかが」
ちょっ・・・。上原まで、ひどすぎないか?
「必ずしも、というわけではございません。運がよければ、助かりましょう。われらのみたてよりも、神仏の加護のほうが強いことは当然。あの方々に神仏の加護がございましたら、生き残りましょう。ゆえに、ご両者は、なにも気にやむ必要はございません」
俊冬のお得意の弁舌。いや、ぶっちゃけ方便。二人は、ほっとしたようである。
「それで、だ。おまえら、このまま去ってもいいんだぞ。局長と副長には、おれたちからうまくいっておく」
念には念を。永倉が提案する。できれば、戦自体回避してほしい。
「そ、そんな・・・。それは、死ぬことが怖くないといえば嘘になりますが、それを怖れるあまり、逃げだす臆した精神のほうが怖ろしい。否、不要だと追いだされることのほうが、死よりも怖ろしきこと。わたしには、まってくれている者はおりませぬ。犬死はしたくありませぬが、局長や副長、組長や仲間のために死ねるなら本望。どうか、おいてください」
加賀爪が、力説しつつ永倉に詰め寄る。
「加賀爪さんの申される通り。わたしも、幼い時分に両親を亡くし、病にかかった妹と親戚をたらいまわしにされました。新撰組に入隊したのも、その妹が死んだからです。わたしには、もうだれもおりませぬ。死ぬのは怖いですが、卑怯者にはなりたくない。永倉先生、足手まといにはなりませぬ。どうか、置いてください」
「おまえら・・・」
永倉のぐっときたような、つぶやき。
原田と斎藤も、ぐっときているようである。
「ご両者。失礼ながら、その強き精神に、賞讃をおくらせていただきます。そして、みなへの、新撰組への想いに、感動しております。なれど、どうか死ぬとき、場所を間違われることのないよう。あなたがたは、これにて死を免れます。それは、幸運や偶然の賜物ではござりませぬ。神仏が、なにかしらの使命をあなた方に与えたからです。その使命をみつけ、それを達成するまで、あなた方は死んではならぬのです。いかなる人間も、なんらかの使命や役割を与えられ、この世におります。ただの一人として、それらのない者はおりませぬ。そして、すべての人間が祝福を受けております。神仏に、この世に、人間に、求められているのです。死は、怖れるもの。それゆえに、人間は人間たらしめる。どうか、それをはきちがえず、生命を大切にしてください」
なんか、神の教えっぽくなっている。やわらかい笑みとともに説かれ、加賀爪と上原だけでなく、組長たちやおれもぽーっとしてしまう。
思わず、「教祖様」って叫びたくなってしまう。
さすがは異世界転生で、伝道師をやっていただけのことはある。
加賀爪と上原は、決意もあらたに去っていった。
「すごいな・・・。まるで説法みたいだ」
斎藤が、かれらの背をみつつつぶやく。
「われらは、さまざまな国で僧をやって・・・」
「はいはい、わかってるって」
「はいはい、わかってますよ」
俊冬のいつものおちゃらけに、組長たちとともに突っ込んでしまう。
双子は、同時に苦笑する。




