中岡慎太郎
相棒がさりげなく鼻をひくひくさせ、わずかに身構える姿勢をみせる。
でかい坂本でみえなかったが、かれには連れがいたのである。
もちろん、この男のことも知っている。やはり、イケメン。さわやか系アイドルグループにいそうなタイプ。
もっとも、web上でみるかれの経歴や性質は、けっしてさわやか系などではない。
中岡慎太郎。坂本の親友にして、陸援隊の隊長。
そして、これがもっとも重要なことだが、親友と一緒に「近江屋」で暗殺される。
「おんしも元気そうやき」
坂本は、いつものように相棒のまえで両膝を折る。そして、いつものように相棒を撫でる。
中岡が、こちらをじっとみている。
油断のない、きれる者特有の瞳つき。
あぁ、この場合の「きれる者」というのは、「ぶちぎれる」のきれるではなく、「切れ者」という意味である。
無言の圧に、わずかに気圧される。
とりあえず目礼しておくと、中岡も目礼を返してくる。
律儀な性質なのか。
「龍馬」
ついに、中岡が口をひらく。
低音のきいた、いい声である。
上から下まで、かれをさりげなく観察する。
坂本ほどではないにしろ、着物も袴も長年着込みすぎて、ところどころ擦り切れている。
「それは、「狼」、ではないのか?」
冷静に突っ込んでくる。あくまでも冷静に。
土佐訛がない。いや、正確には、イントネーションはかすかにある。
中岡は、藩外でも精力的に活動をおこなっている。そのため、できるだけ土佐言葉を控えているのであろう。
「土佐者」だと、ばれないために。
「おんし、しょうまっこと忘れっぽいな。こないだあしが話したにかぁーらん?新撰組の男のことと、犬のことを?」
「壬生浪?ああ、そういえば・・・」
中岡は、相棒からおれへと視線をうつす。
さわやか系イケメンの顔に、笑みが浮かぶ。皮肉めいた笑みが。
「こいつは、親友の中岡慎太郎。慎太、兼定と相馬やか」
坂本はおれをみあげ、中岡に告げる。
「兼定、と申すのか?刀工か?」
中岡がおれをガン見しつつ、きいてくる。
おそらく、瞳を文字通りぱちくりさせたであろう。その内容が、よくわからなかったからである。
刀工?たしかに、「兼定」は刀工の名でもある。
「なにをいっちゅう。馬鹿がやないがか、おんし?兼定は、犬のほうやか。相馬は、こいとのことやか」
呆れたように囁く坂本。
その視線が親友を通り越し、背後の路地に向けられる。
一瞬のことであったが、み逃さない。
尾けられているのか?あるいは、追われているのか・・・。
「ああ?そうか・・・」
しばしの間を置き、中岡が口を開く。
それから、相棒へと視線をうつし、にんまり笑う。
「急いじゅうがややいきゆう」
坂本はそう囁くと立ち上がり、中岡の着物の裾をひっぱる。
相棒をもう一度撫でてから、足早に去ってゆく。
慌てて追いかける中岡・・・。
あいかわらず、忙しい人だ・・・。
中岡は、残念系イケメンであった。じつにもったいない・・・。
いや、きっとかれらの信じる思想活動においては、そんなことはささいなことなのであろう。
いや、もしかすると、そういう残念こそが必要なのかもしれない・・・。
おそらく、であるが。
二人をみ送ったあと、ぶらぶらとあるきはじめる。
つぎからつぎへと有名人に会える。
もといた場所で、時代劇俳優に会うことよりはるかにおおい。