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結城無二三

 かれは甲陽鎮撫隊ここに報告にき、その陣容をまのあたりにした。すくなくとも、戦闘が開始するまで、陣からだしてはならぬ。


 もしもかれが甲陽鎮撫隊ここからでていったとすれば、そのあとの行動は容易に推測できる。


 自宅に戻り、飯を喰って風呂に入って寝る、というものではない。

 甲府城へ駆け、甲陽鎮撫隊ここでみききしたことを、ことこまかに報告するのである。


「見廻組とはさほど親交があったわけではないが、いまではおなじ側の同志。結城君。君にも、ぜひとも加わってもらいたい。そうだな・・・。軍監として、ではいかがかな?」

「軍監?」


 結城の表情かおが、あかるくなる。


 それを眺めているおれたちは、心中で苦笑してしまう。


 そんな役割など、甲陽鎮撫隊ここに必要ない。ぶっちゃけ、ただのお飾りである。

 結城を甲陽鎮撫隊ここに縛りつけるためだけの、ダミーにすぎない。


「それは願ってもない・・・。わたしのようなものが、軍監でいいのでしょうか?」

「それだけのことをしてくれたのでな。ああ、そうそう。西洋では、軍監は、つねに犬を横に置いているという。軍用犬で、主を護るばかりか、伝令役にもなる。ちょうど、西洋の軍用犬を譲り受けたところだ。回状の労をとってもらったので、その犬を進呈いたしたい。犬の世話係の相馬君が、説明してくれる」


 あの、局長?犬の世話係って・・・?そこ、打ち合わせにありませんけど・・・。そんなアドリブ、いりません。


 局長にたいし、リアルにツッコむわけにはいかぬ。そのかわりに、指笛を鳴らした。


 ひらいている天幕の入り口から、相棒が入ってきた。


「Sit at his feet.(かれの脚許に控えろ)」


 相棒が指示にしたがい、結城の左脚すぐうしろにお座りした。


「かれの名は、兼定号。ドイツの犬です。忠実で勇敢な、軍用犬です」


 正確には、まだ存在しない。ジャーマン・シェパード・ドッグが繁殖や改良によって完成したのが1900年になる直前である。

 ゆえに、結城は時代の最先端のそのまた最先端をいっているのである。


「ほう・・・」


 かれは、わかっているのかわかっていないのか。ぶっとい指を顎の下にそえ、感心している。


 ははは。かれは、犬が怖いらしい。おそるおそる、相棒をみおろしている。相棒は、結城が怖れていることをわかっている。ぎろりと睨み上げた。


「狼みたいな、犬ですな」

「ええ。狼の血が濃く入っております」


 ますます怯えている。

 ぷぷっ・・・。いじってしまう。いや、日頃やられているからではない。念の為。


「Watch him. And if he tries to escape, bite him immediately.(かれをみはり、逃げようとしたら咬め)」


 英語の指示に、相棒はおれをみ、それからまた結城をみあげてニッと笑った。


 これで、結城は体内にICチップを埋め込まれ、つねに監視カメラでチェックされているのもおなじことである。


 そうとはしらず、結城軍監はクールな軍用犬を従え、意気揚々と天幕をでていった。


 その背をみ送りつつ、だれからともなく笑いだした。


「近藤さん、じゃなかった。大久保さん、どうした?」


 永倉が局長にちかづくと、相貌かおをのぞきこんで尋ねた。

 たしかに、局長の相貌かおは浮かない表情である。


 原田と斎藤、島田や蟻通たちも心配げに注目した。


「いや、すまぬ。どうも嫌な予感がしてな・・・」

「局長っ!じゃなかった、隊長っ!」


 そのとき、馬フェチの安富が天幕に入ってきた。


 外は夜の帳がおりており、篝火がいくつか焚かれている。

 敵軍がちかいいま、盛大に火を焚くわけにもゆかず、数も火の勢いも控えている。それでも、今宵も月や星々がでている。フツーに動く分には、とくに問題はないはずであろう。


「馬の様子をみておりましたら、隊から抜けてゆく兵が・・・」


 この薄暗さを利用し、脱走者が続出いうわけか。


 想定内の出来事である。

「甲州勝沼の戦い」のウィキによると、最終的には120名程度しか残らないのである。


「ちっ・・・。近藤さん。じゃなかった、大久保さん。気にする必要はない。手練れさえ残っていればなんとかなる」


 原田が力説した。心中では、そうならないことを残念に思っているであろう。


「あ、ああ。そうだな」


 力なく応じた局長。


 この覇気のなさが、どうにもひっかかってしょうがない。


 組長たちと、さりげなく視線をかわした。


 だれもが、ひっかかっている。同時に、なんとしてでもみなを無事に江戸へかえすということを確認しあった。


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