局長 愛のムチ
「このなかには、平民にひきあげられている者もいる。犬畜生などではない」
弾左衛門の言葉に、周囲から「そうだそうだ」と声があがる。
「ふんっ!平民だぁ?武士以外はな、人間じゃねぇんだよ。それに、脛に傷のついた連中まで参陣だぁ?いつなんどき、うしろから身ぐるみ剥がされるかわかったもんじゃねぇ。どいつもこいつも、でてゆきやがれ、犬畜生どもめがっ」
暴言大魔王である。
弾左衛門の手下だけでなく、博徒侠客たちが途端にディスりだす。
ああ、大石・・・。あいかわらずの炎上っぷりだ。
人間としてどうか、という以前に、「どの口がいうとんねん」って傍まで駆けていって掌で胸元を叩いてやりたい。
いままさに、弾左衛門が腰の得物を抜こうとした瞬間、大石が吹っ飛んだ。
しん、と静まりかえる。
大石は、ゆうに2、3メートルは飛び、地面に落ちた。野次を飛ばす弾左衛門の手下たちは、慌てて飛びのいている。
「弾左衛門殿、ひとえにわたしの不徳のいたすところ。手下の無礼は、詫びようもない。どうか、気のすむまで殴るなり蹴るなりしてくれ」
局長である。弾左衛門とその手下たちに、深々と頭を下げている。
局長が頭を下げるのを、副長が止める暇もなかった。いや、副長も止めようとし、その意図を察したのか。すぐにそれにならい、おなじように頭をさげる。
そこは、さすがにタカビーな副長。頭の下げ具合が、局長ほどの「深々」でないことはいうまでもない。
「い、いや・・・。大久保隊長、頭をあげてくれ。おれも相手にしちまって、大人げなかった。内藤副隊長もだ」
ここまでされれば、弾左衛門も矛をおさめるしかない。
「恩にきる」
「ああ・・・。だが、気をつけたほうがいい。おれが斬らずとも、ほかのだれかが斬るやもしれぬ」
「ご忠告、痛み入る」
「さあっ!そろそろ出発だ」
副長は、弾左衛門と局長のささやき声を耳にしつつ、みなに怒鳴る。
ぞろぞろと散ってゆく、弾左衛門の手下や博徒侠客たち。
残っているのは、新撰組のメンバーのみである。みな、バイキンか親殺しでもみるかのような冷ややかな瞳で、局長の「愛の鞭」の痛みで起き上がれずにいる大石をみおろしている。
大石の手下ですら、この展開に呆然としている。
「かっちゃん。ほうっておけ。戦のまえだ。殺るにしろ放逐するにしろ、縁起のいいことじゃねぇ。それに、あんたみずからが手をくだす必要はねぇ。やつは、おのずと自滅する」
いままでおめにかかったことのない、鬼の形相の局長。副長が、その耳にささやく。
局長は、副長をも凌駕するほど眉間に皺をよせ、怖い表情になっている。
胸元でがっしりとした腕を組み、大石が起き上がるのをまっている。
こんなに厳しい局長は、記憶にあるかぎりないはず。
「屑は、しょせん屑。ことをわけて諭そうが語ろうが、理解できねぇ。時間の無駄ってやつだ。それどころか、あんたをうしろから、ってことになりかねん。もっとも、あんたをどうにかできるわけもねぇがな。たとえ、その腕でもな。理心流宗家四代目は、最強だから」
副長は、さりげなく局長の腕の傷のことをフォローする。
実際のところは、周囲に組長がいる。なにより、双子がいる。大石が、たとえどんな策を立て、兵器や毒の類を駆使しようが、局長のささくれ一つはがすことはできない。
「あ、ああ。歳、すまない。かような無礼、どうしても許すことがきなんだ。わたしのことは案ずるな。さぁ、江戸へ。頼んだぞ」
局長は、表情をやわらげ、副長にささやき返す。
副長は、組長たちとおれ、それから、向こうでじっとこちらの様子をうかがっている双子に視線をはしらせる。
『たのんだぞ』
その瞳は、そういっている。
そして、駕籠舁きたちの威勢のいいかけ声とともに去っていった。
おれたちも、勝沼へ出発する。
結城無二三がやってきたのは、勝沼に布陣をおえてすぐである。
かれは、有無之助と呼ばれた時期もある。
ぶっちゃけ、要領のいいお調子者といったところか。恰幅はいいが、背は低い。相貌はさっぱりとしてまあまあといったところだが、瞳に宿る光は油断がならない。
上司に取り入り、同期入社を蹴落とし出世する。そういう野心旺盛なタイプであろうか。
そんなかれも、明治期にはキリスト教メソジスト派の伝道師や牧師として活躍するらしいから、人間ってわからないとつくづく思ってしまう。
かれが見廻組や新撰組にいたということは、息子の著書で記されることであるが、さまざまな矛盾から、研究家の間では疑問をもたれている。
実際のところは、見廻組のつかいばしりである。
そういえば、あの見廻組の今井が、結城の剣術の腕前を称賛している。そのようにウィキに記載されていたと思うが、それもどうなんだろう。
すくなくともこうして会ったかぎりでは、それっぽい気もなく、雰囲気すら感じられない。
「俊冬殿と俊春殿から依頼を受け、このあたりの名主には、回状をまわしております。うまくゆけば、幾人かでも集まるかも。すくなくとも、敵に協力するようなことのないよう、わたしから強くいいおいております」
局長と三人の組長たちのまえで、結城はへこへこと腰を折りつつ告げた。
どうも胡散臭い・・・。
かれのいう敵、というのがどちらを示すのか・・・。それに、わたしから強くいいおいてというのも、うまくゆけば自分の手柄だといわんばかりである。
他者を、みためやweb上の知識だけで判断するのはいただけない。ましてや、初対面である。だが、どうも好きになれない。どうしても、胡散臭さがさきにたってしまう。
じつは、結城のことを告げたのはおれである。厳密には、京にいた人物が、この辺りの出身者であると話をした。
双子は、おれが告げたことをちゃんと覚えていて、結城と再会したのをこれ幸いと回状をまわす依頼をしたのだ。
未来に伝わるままに、歴史の流れにそってくれている。
たとえ胡散臭くて油断のならぬ相手であろうと、できうるかぎり未来にできあがっているレールにのっけてくれているのだ。
「結城君、ご苦労であった。きけば、見廻組の隊士であったとか。隊長の佐々木君は、残念であった」
局長も、結城の人となりは見抜いている。使いばしりとはいわず、わざと隊士と呼んだ。
そう呼ぶことで、かれの自尊心をくすぐろうというのである。
なぜなら、双子からできるだけもちあげ、ひきとめるようアドバイスされているから。
そして、なんとかもおだてりゃ木に登る的な性格の結城は、まんまとひっかかったのだった。