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「板垣死すとも自由は死せず」

「うむ。濃すぎず薄すぎずぬるすぎず熱すぎず・・・。じつにうまい茶だ」

「歳は、茶にこだわりがあるからな。たしかに、うまい茶だ」

「かっちゃんの薄めの熱いってのが理解できん」


 局長と副長のやりとりをよそに、茶をすすった。

 

 おれ自身は、ぬるめの薄いのが好みである。


 じつは、日本茶なら麦茶とかほうじ茶とかが好みで、緑茶は苦手だった。だが、双子のいれる緑茶は、控えめにいってもうまい。しかも、どうやって入手するのか、緑茶の王様玉露をつかっているらしい。


 どちらかというと、日本茶よりもコーヒーが好きである。たまに、紅茶も呑んでいた。双子なら、紅茶をいれさせてもうまいはず。あぁもちろん、コーヒーも豆から挽き、サイフォンで淹れてうまいはず。


 それにしても、茶の濃い薄いや温度といった一人ひとりの好みまで把握しているなんて・・・。


 さすがは双子。異世界転生で茶のマイスターでもやっていたのであろう。



「甲府土産の餅でございます。おなじものを、板垣先生にもおもちいたしました」


 そして、みなが土産の餅を喰うタイミングで、俊冬がさらりといった。


「ワイハにいってきてさ。これ、マカダミアナッツ。みんなで食べてね。あ、ライバル会社の課長さんにも、差し入れといたから」


 そんな身軽さで語るもんだから、一瞬、わからなかった。


 そして、その意味を理解したのも全員同時である。


 茶をふきだす者。餅を喉に詰まらせる者。みな、慌てている。


「挨拶にまいっただけでございます。板垣先生は、宿にて酒をひっかけたのち、就寝中でございました。そこにお邪魔したしだいです。枕頭で正座し、しばし寝顔を拝見いたしました」


 みな、声もない。口をあんぐり開け、俊冬の「突撃!有名人の寝顔拝見」的な話をきいている。



「まさか、ってしまったのでは・・・」


 局長が、唾を呑み込んだ。

 

 一方、俊冬は男前の相貌かおを赤らめている。


「局長。いくらわれらでも、敵の参謀の貞操を奪うような真似は・・・」

「ちゃうやろっ!」

「ちがうだろうがっ!」


 またしても、全員でツッコんでしまった。

 残念。やはり、関西弁でのツッコミはおれだけだ。

 やはり、それは関西弁でないと・・・。


「そっちのやるじゃねぇ。血がでるやる(・・)に、きまってるだろうが」

「副長、まさか・・・。そこまで激しくいたしま・・・」

「あかん!下ネタはあかんでっ」


 副長の問いに、まだまだボケてくる俊冬にツッコまずにはいられない。


「まだ、話し合いはおわっておりませぬゆえ。殺ることはいたしませぬ」


 そしてやっと、俊冬はマジに答えなおした。


 話し合いとは、勝と西郷の話し合いのことである。



「どのくらい、じーっとみつめていたでしょうか?われらの熱き視線に、板垣殿はようやくをあけられ、「ひいいいっ!」と歓喜の叫びをあげられました」


 歓喜の叫び?「ひいいいいっ!」を、そんなふうにとらえるのって、俊冬くらいにちがいない。


 敵ながら、板垣のことを心底気の毒に思うのは、おれだけではないはず。


 瞼をひらくと、枕もとでみしらぬ男が二人座っていて、じっとみおろしていたとしたら、だれだってびびってしまうだろう。


「手土産を渡しながら丁重に挨拶いたしますと、板垣殿は声もなく感動されておいででした」


 自由民権運動の主導者にして、武術の天才。おおくの逸話を残している板垣も、双子にかかればたいしたことはないらしい。


 ちなみに、かれはおれとおなじ「無双直伝英信流」の遣い手である。さらに、どうでもいい雑学であるが、かの「ルイ・◯ィトン」のトランクを所持していたらしい。


「あぁそうそう、主計。おぬしから教えてもらった「板垣死すとも自由は死せず」をひねり、「吾死スルトモ自由ハ死セン」と熱弁しておいた。なにか、つきものが落ちたような表情かおをされておいでだった」


 双子と板垣の話をしたことがある。その際、現代ではだれもがしっている板垣の名台詞を教えたのである。


 板垣がそれをいったのは、明治十五年。岐阜で遊説中に襲われたときである。かれが誠にいったのは、「吾死スルトモ自由ハ死セン」である。ひろくしられている「板垣死すとも自由は死せず」は、それをもじったものである。


 なんてこった・・・。


 俊冬が、かれに自由民権運動の志を与えたのか。このとき、俊冬がお戯れに告げた「吾死スルトモ自由ハ死セン」を、インパクト強すぎで覚えていたわけか。

 後年、襲われたときに「ちょっとつかってみたかった」的にキメるわけか。


 またしても、おれが引き金になってしまった。


 なんか、ビミョーな感じもするが。


(板垣さん。明治になったら、自由民権運動、がんばってくださいね)


 心のなかで、エールを送っておいた。


 ってか、いまは敵だけど。



「「狂い犬」と「眠り龍」は、その気になればいつでも殺る」


 俊冬の声のトーンがかわった。その不吉感漂うバリトンは、この場にいる全員の肝を冷やし、背筋を凍らせたにちがいない。


 板垣は、新撰組われわれにというよりか、双子にたいして脅威を抱いたはず。


 双子は、自分たちが目立つことで、新撰組からをそらせるつもりなのか。


 なぜなら、敵に投降し、正体のバレた局長の斬首をかたくなに主張したのが、土佐の谷干城たにたてき だからである。


 谷は、迅衝隊衝隊の小軍監督として、この戦いに参加している。

 じつは、谷は坂本龍馬を尊敬していた。局長の斬首も、薩摩などの意見にきく耳をもたずに意見をゴリおしするのである。

 おくびにもださなかったが、坂本の復讐であることはいうまでもない。



「「狂い犬」と「眠り龍」という獣がいる。そやつらは、人間ひとを喰らいつくす・・・。敵の兵卒に流しておきました。多少の効果があれば、もうけものですな」


 そうしめくくった俊冬。


 さすがは異世界転生で、狡猾な軍師をやっていただけはある。


 まさしく、個の武勇に衆の才智・・・。


 局長も副長も、なんともいえぬ表情かおでスイーツの残りを口へと運んだ。


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