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物見役 双子の報告

 板垣退助いたがきたいすけ率いる土佐藩の迅衝隊じんしょうたい12小隊約600名と鳥取藩兵8小隊約800名が、すでに甲府城に入城している。


 さきの板垣による、「武田家の家臣板垣氏の末裔だよ~ん」というつぶやきが拡散されまくっている。

 それに呼応した地元甲斐の郷士や農民たちが、「断金隊」や「護国隊」を結成し、集まっているという。


 人間ひとだけではない。武器弾薬糧食等、すべてがバッチリな状態であることはいうまでもない。しかも、これまでたいした戦闘をおこなっていない迅衝隊や鳥取藩兵たちは、無傷である。意気は、超高いという。


 土佐と鳥取・・・。

 地元を出発してさほど時間ときが経っていないいま、兵士たちが進軍に疲弊したり、ホームシックになっていたりということも期待できない。


甲陽鎮撫隊われわれの存在や装備は、すでに敵の物見によってしられております。どうやら、主力は砲撃を主にし、「断金隊」や「護国隊」を甲陽鎮撫隊われわれにあてようとしているようです」


 俊冬の声は、耳に心地いい。心地よすぎて、過酷な状況を、どこか物語的にきいてしまう。


「くそっ!きいたか、隊長?どっかの馬鹿たれどもとえらいちがいじゃねぇか、ええ?」


 燭台がたてる「ちりちり」という音に、身をゆだねる。そんななか、副長はテンションが高い。


 大石とその手下てかたちの報告が、副長の心の琴線・・にふれたのであろう。


甲陽鎮撫われわれは、四百名に満たねぇ。甲府城もとられちまったんなら、進む理由がないんじゃねぇのか?」


 弾左衛門である。


 かれの手下てかのほとんどが、素人である。その上、たいして訓練をしているわけではない。

 弾左衛門自身、戦で活躍したいという心意気より、手下てかとその家族を護る義務感のほうが強いであろう。


 こんなはずじゃなかった。


 きりりとした表情かおに、その一語がよぎる。


「たしかに。こちらは、人数にんずにしろ装備にしろ、たいしたことはない。それこそ、敵と比較できぬほどにな」


 佐藤も、苦りきっている。


「わかったわかった。ならば、こうしよう。おれが、援軍を送ってもらうよう江戸へかけあいにゆく。その間、もちこたえてくれりゃあいい」


 副長の提案。


 これは、事前に打ち合わせていたことである。史実どおりになるように。

 結局、援軍などきやしない。たとえ奇跡がおこって援軍がくることになっても、「どこOもドア」か「スタO・トレック」の転送装置がないかぎり、間に合うわけもない。


 なぜなら、副長が江戸へ向かうその翌日に、あっさり負けて江戸へ敗走するのだから。


 それは、明後日のことである。


 佐藤や弾左衛門には悪いが、彼らがそのことをしる必要はない。


「勝沼にて、懐かしき御仁と再会いたしました。見廻組で使いばしりをしていた、結城無二三ゆうきむにぞう殿でございます。あまり素行のよろしくない御仁で、同心であった弟が幾度か助けたことがございます」


 俊冬が、ふたたび告げた。


 結城のことはしっている。新撰組や見廻組の隊士であったということを、明治期に新聞記者である息子が紹介したらしい。

 もっとも、その情報の信憑性は低いが。


 そっか。結城は、見廻組で使いばしりをしていたわけか。


「さして役に立つとも思えませぬが・・・。せめて敵にはまわらぬよう、勝沼近辺の村々の名主に回状をだすよう、頼んでおります」

「さすがだな」

「できる男はちがうな」

「おれに娘がいりゃあ、ぜひとも婿にきてもらいたいもんだ」


 副長につづき、島田と蟻通が感心した。


「馬鹿いえ。かかあもいねぇくせによ。それだったら養子にしろ、養子。蟻通家の養子にすればいい」

「新八、蟻通家の養子なんざもったいねぇ。おれんとこへ嫁にこい。料理に裁縫に洗濯に、狩りもできる。しかも、あっちのことだって最高だ。こんな嫁、日の本中探してもいやしない」


 ちょっ、原田?なんで?俊冬を嫁ってところで無理がありすぎるし、嫁っていうよりかは女中さんあつかいだし、最後のは?あっちのことだって最高だっていうのは?


 新撰組うちのメンバーだけでなく、佐藤も弾左衛門もいまの原田のリアル公開プロポーズを考えあぐねている。


「まぁっ・・・」


 俊冬はぱっと表情かおを赤らめ、おねぇのごとくしなをつくった。


「うれしいですわ、原田様。お受けします」


 そして、プロポーズをソッコー受けた。


「受けるんかいっ!」

「受けるんじゃないっ!」


 残念。おれだけは、正式な関西弁によるツッコミだったが、俊春も含めた残り全員のツッコミがかぶった。


「というわけで、明日、勝沼まで進軍する。以上」


 どういうわけかはわからないが、局長が宣言した。


 佐藤も弾左衛門も、新撰組うちのノリを理解してくれただろうか。


 ちょっとちがう気もするが、すこしでもかれらのアウェイ感がなくなればいいなと、二人の呆然とした表情かおをみつつ願ったのであった。



 俊冬には、まだ告げることがあるらしい。弾左衛門と佐藤が引き取ってから、やわらかい笑みを浮かべた。


 ちょうど、茶をとりにいっていた俊春が戻ってきたところである。


「茶でございます。こちらは、かの武田信玄公が非常食に用いたという、砂糖入りの餅でございます」


 できた男の弟もまた、できた男である。


 一人一人のまえに、茶と笹の葉にのった菓子が置かれた。


 餅にきな粉と黒蜜がまぶされている。ちゃんと竹製の楊枝が添えられている。


「信玄餅ですね」


 現代のとはちょっとちがう。現代の信玄餅は、それが登録商標にもなっているはず。


「うまそうだ」


 超絶甘党の島田は、大喜びだ。


 全員が暗黙の了解のように、まずは茶をすすった。

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