物見役 大石の報告
「はやくもどろう」
怪談系の苦手な原田が、相棒の綱を握らせてくれという。綱を握らせてやると、率先して山を降りてゆく。
副長もどこかびくびくしつつ、はやあるきなのが笑ってしまう。
双子は、宿の庭で猪を解体してのち、甲府方面へと出立した。
翌朝、与瀬宿を出発。夕刻に駒飼宿に到着する。
駒飼宿も与瀬宿同様に、本陣一軒、脇本陣一軒、旅籠が五、六軒というこじんまりとした宿である。
ここは、現代では山梨県甲州市である。
おれの部屋は二階で、野村と市村と田村の三人が同室である。隣が組長三人。そのまた隣が、局長と副長の部屋である。
本陣の人からいただいた簡単な地図を、ぼーっと眺めてみる。
簡単というよりかは、端折りすぎててよくわからない。が、そのゆるさにどこか癒される。
「甲州街道みどころMAP」とか、「Enjoyウオーキング」とか、そんなガイドブックがあれば、わかりやすいんだろうけど・・・。
昨夜の与瀬宿の本陣は、たしか明治天皇が宿泊されたところのはず。現代では、碑が建っているかと記憶している。
1868年。つまり、今年の御東行が最初で、トータルで五回であっただろうか。与瀬宿で宿泊したらしい。
駒飼宿は、甲州街道で最大の難所である笹子峠の麓の宿である。笹子峠には矢立の杉と呼ばれる、樹齢1000年を越すといわれる杉の大木がある。県の天然記念物である。
出陣の際、 武田の兵士がこの杉に矢を射立てて富士浅間神社を祀り、戦勝を祈願したらしい。葛飾北斎や、二代目歌川広重が、絵を残している。
現代であれば、「杉O太郎」が、それを題材にして舞台公演をしている。
などと、出陣というよりかは観光っぽいことを考えていると、野村と子どもらが窓から身をのりだし、なにやら話をしているのに気がついた。
「どうした?なにをみているんだ」
三人にちかづくと、野村が階下、つまり、表の通りを指さす。
「みろよ。大石大先生と、そのご一党様のおなりだ」
「うわー、戻ってきたんだ」
「まだ、いたんだ」
野村も子どもたちも、容赦がない。
すっかり忘れていた。そういえば、追い払う意味で、副長が甲州方面に物見にゆかせたのだった。
ふーん、戻ってきたんだ・・・。
ちょっと意外に思う。
おれたちがみていることに気がつくはずもなく、大石とその手下らは、本陣に入ったようである。
まだ夕食までに時間がある。
拳銃と「之定」の手入れを、しておこう。
「てめぇらっ!この数日間、いったい、なにやってやがったんだ。くそっ!もういい。役立たずどもめっ。でてゆきやがれっ」
副長の怒鳴り声に、思わず拳銃を取り落としてしまった。
いまの怒鳴り声は、甲府城付近にいる敵軍にまできこえたかもしれない。
「ちっ!こっちの苦労もしらずによ。馬鹿馬鹿しい。おい、呑みにゆくぞ」
どたどたという脚音ともに、大石の声が廊下からきこえてき、しばらくするとそれも消えた。
「あーあ、怒らせた。とばっちりを喰うまえに、そこらへんを散歩してこよう」
「わたしもいく」
「わたしも」
野村は伸びをすると窓からはなれ、部屋を横ぎる。
「主計は?」
「ああ。おれは、手入れをしておくよ」
「ああいうのを、くそったれ野郎っていうんだよな?」
現代っ子野村・・・。それは、公共の場ではいっちゃいけないスラングだ。
「ああ、そうだ。それ、どんぴしゃだよ、利三郎」
いまここで、野村がそれをわめこうが怒鳴り散らそうが、理解できる者はいないはず。
おれがいうんじゃないしー。まぁいっかー的に、笑い飛ばす悪魔なおれ。
「鉄、銀。散歩にゆくなら、相棒を頼むよ」
「はーい」
二人は、おれの願いをだらだらと了承する。
うーむ。やはり、おれは子どもらになめられているのか?
三人が連れ立ってでてゆくのをみおくる間でも、副長の怒鳴り声が二つ向こうの部屋からきこえてくる。
いったい、いつになったら充電がきれるのか・・・。なーんてことまで考えてしまう。
ちょっと様子をみにいってみよう。
廊下にでると、組長三人が、局長と副長の部屋のまえに立っている。
ちかづくと、こちらへいっせいに視線を向けてくる。
「まったく・・・。大石君にも困ったものだ」
局長が、副長をなだめている。おれたちに気がつき、事情を説明してくれる。
「敵、まもなくきたる?」
まるで電報のごとき報告だったらしい。しかも、文末がクエスチョンマークでしめくくられていた、と。
それもそのはず。この数日間、大石とその手下らは、甲府城下で遊興三昧だった、と。斥候としての軍資金は、かの地で情報収集や根まわしにつかわれたのではなく、酒と女と博打で散在された、と。
そりゃぁ、副長でなくっても怒り狂うよな。
我慢できた局長が、すごいとしかいいようがない。
だからこそ、局長と副長コンビは、これまでうまくやってこれたのであろうけど。
「俊冬と俊春がいて、幸いだ」
副長の心からのつぶやき。
おれたちも、苦笑するしかない。
「で、あいつらはどうする?ここに置いていても、ろくなことはない」
「いや、新八・・・」
副長は腕組みをとき、廊下にいるおれたちににやりと笑う。
「いまは、蟻だろうがふんころがしだろうが必要だ」
蟻やふんころがし・・・。以前、俊冬が引用したたとえである。
「でもなー。戦になったらなったで、またうまくたちまわるにちがいない」
原田のいうとおりである。
「ならば、わたしの側に置こう」
「そりゃだめだ、かっちゃん・・・」
「いや、歳。どうせ役に立たぬのなら、立たぬ者どうしでうまくやるさ。案ずるな」
局長は、気をつかっているのである。
肩の怪我のことで・・・。
副長の視線が、組長たちとおれへはしる。
「そうだな。では、かっちゃんに任せよう。逃げるようなことがあれば・・・」
「わかっている」
局長は、一つうなずく。
局長一人で、大石とその手下らをどうにかできるのか?
いや、大丈夫。たとえ片腕であろうと、局長は強い。
できるだけ、局長の周囲に気を配っておかなければ・・・。
おれだけではない。組長三人もそう思っているはず。
その深夜、うとうとしていると斎藤に起こされた。
双子が、戻ってきたという。
野村や子どもらを起こさぬようにそっと部屋をで、斎藤とともに局長と副長の部屋へとゆく。
ちょうど組長たちの部屋から、永倉と原田がでてきた。
斎藤もであるが、どの表情も寝不足っぽい。
敵軍との衝突は間もなく。さきの敗戦のこともある。そして、後に「甲州勝沼の戦い」と呼ばれるこの戦いも、負け戦であることがわかっている。
いかにうまく仲間を助けることができるか。被害を最小限におさえることができるか。そういったことを考えると、眠れぬのにちがいない。
それ以上に、もうすこしさきのことも気にかかっているにちがいない。
部屋には、局長と副長はもちろんのこと、島田に蟻通、佐藤と弾左衛門がきている。
もちろん、双子も。双子は、廊下側に控えめに正座している。
局長にうながされ、俊冬が報告する。