いざ 狩りへ!
副長と組長たちと蟻通とおれと相棒、佐藤と春日隊の隊士二名、弾左衛門とかれの側近二名とで、拳銃と銃の練習をかね、猟にゆくことになった。
拳銃をもつ者以外は、銃を所持している。
まずは双子が特殊能力をいかし、獲物のいそうな場所のあたりをつける。
それから、かれらを先頭にし、獲物を探して山中にはいった。
俊冬が立ち止まり、耳をすましている。おれの脚許で、相棒が耳をぴくぴくさせる。
「南西の方角十町(約1.1Kⅿ)ほど」
隣に立つ弟に告げる。
このあと、双子は甲府方面へと向かい、敵軍の情勢を探る予定である。いつもの小者スタイルではなく、簡単な旅装である。つまり、旅の商人を装うらしい。
俊春は、兄の言葉に頷いた。それから、鼻をつんと突き上げ、空中に漂っているであろうにおいを嗅ぐ。
「猪のようですな。さきにゆきます」
「こちらへ追いこめ」
「承知いたしました。あぁ兼定、おまえはだめだ」
きらきらした瞳で俊春をみあげている相棒。俊春は、苦笑する。
「猟犬は、獲物の習性を熟知している。が、おまえはそれをしらぬ。しかも勇敢すぎる。下手をすれば・・・。ああ、そのような瞳でみるでない」
「連れていってやってください。相棒、俊春殿の命に従うんだ、いいな」
せっかくである。これからは、山のなかとか自然のなかですごすこともおおくなる。いまのうちに野生の動物のこととか、アウトドアのノウハウなんかをしっておく必要がある。
「わかった。ならば、ゆくぞ。ついてまいれ」
俊春は、こちらの心中をよむ。一つ頷くと、そのまますぐうしろの木の上にジャンプした。
さすがはリアル忍び。
相棒の綱を、俊春メイドの皮の首輪からはずす。
そのタイミングで、俊春が木の枝から枝へと飛んで去ってゆく。それを、相棒が追いかけてゆく。
「な、なんだありゃあ?」
弾左衛門が、木上を遠ざかってゆく俊春の背を指さしきいてくる。
「ああ、あれか?ありゃあ、新撰組の最強の忍びだ」
ふふん、と応じる原田。
新撰組のメンバー以外は、呆然としている。
「獣道をみつけました。われらもまいりましょう」
左手の茂みから、俊冬がでてきた。いつの間にか消えていて、獣道をみつけてきたのである。
「まったく・・・。できすぎだろう、おまえらはよ」
副長も、苦笑するしかない。
みな、無言で獣道をすすむ。
こんなに自然がおおいんだ、と当然のことだが驚いてしまう。ここが幕末であるということをさしひいても、自然度が半端ない。
これまで、京と江戸という町なかでしかすごしていないおれである。かえって緊張してしまう。
いったい、なにがいるんだろう。熊と猪、あとは鹿や猿。山犬なんかもいるかもしれない。あと、狼か。
二ホンオオカミが絶滅したといわれているのは、いまからさほど遠くない1905年。奈良県吉野郡で猟師が捕獲したのが最後だというのが定説である。
明治維新は、人間に影響や変化をもたらしただけではない。動物たちにも影響を与えたのである。
そんなことを考えていると、しずかな山中に指笛が響き渡った。小鳥のさえずりのように、高低大小、抑揚がついている。
「どうやら、猪だけではないようです。沢があり、そこに動物たちが水を呑みに・・・」
俊春からの合図である。俊冬が、指笛を要約してくれる。その途中で、ふと言葉をきって苦笑する。
「面白い。どうやら、鹿がこちらへむかっております」
「へー、鹿か。なら、拳銃で・・・」
「おまちを、原田先生。まだつづきがございます。それを追い、熊も・・・」
「なにいっ!」
全員で叫び、あわてて口を閉じる。
「しかも、二頭。このあたりは、獣が豊富なのですな。はははっ」
「まて、俊冬。笑いごとじゃねぇだろうが。こっちは、素人ばかりだ。銃だって、まともに撃てねぇってのに、熊二頭相手に、いったいどうする・・・」
「副長、それは杞憂でございます。的は、おおきいほうが・・・」
「そんな問題かっ!」
俊冬のボケに、全員が一丸となってツッコんだ。
ああ、この一体感。これだけ一つになれるんだ。しかも、ツッコむタイミング、声のおおきさ、すべてバッチリじゃないか。
この調子なら、全員、グランプリに出場しても、いや、ちがう。戦場にでても、大丈夫なんじゃないかって、マジで考えてしまう。
「弟は、猪も追いこんでおります」
「ゴーイングマイウエイ」の俊冬。全員による強烈なツッコミをものともせず、まだつづいている指笛を要約した。
「げっ、どうするんだよ。そんなにむかってきちゃぁ、的がおおきかろうがちいさかろうが、撃ちきれない」
「蟻通先生、なにもすべてを狩る必要はございません。鹿に熊二頭に猪二頭・・・」
「なに?猪も二頭いるのか?」
佐藤がききとがめて尋ねた。
「さすがのわれらもさばけませぬ。それに、喰いきれませぬ。どのような生命も、無駄にするなかれ。必要な分だけ仕留めればよいかと。あとは、追い払うだけでございます。威嚇でよろしいのです」
佐藤をスルーし、俊冬は神の啓示がごとく真理っぽいことをのたまった。
それから、やつぎばやに指示をだし、おれたちは配置について獣があらわれるのをまった。
ほどなくして、なにかが駆けてくる音と息遣い、咆哮がきこえはじめた。




