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明かされる真実

「かみちぎるのです」

「はぁ?」


 俊春をのぞく全員が、頓狂な声を上げる。


 副長もあゆみつつ、耳をダンボにしているだろう。


「われらは犬ゆえ、かむ力も相当なものでございます。兼定のかむ力は、みなさまもご覧になっておられましょう?われらも同様。まぁ兼定とちがい、かみつく場所は異なりますが。たいていは、得物をつかえぬ場合にかみますゆえ」


 なにゆえか、俊春をのぞく全員が、ズボンの上からアレをおさえている。


 俊冬から、じょじょに距離をとる永倉。


「お案じめさるな、永倉先生。かみつくとしても、永倉先生とうふふをするときくらいでございます。それ以外ならば、正々堂々、拳か刃でやります」

「そ、そうか・・・。それをきいて安堵した」


 ビミョーな表情かおの永倉。


「いや、俊冬。申し訳ないが、おぬしと新八さんがうふふをする場面が、どうしても想像できぬのだが」

「しなくていいんだよ。否、する必要はねぇ、斎藤。だいいち、だれであろうと、新八が野郎おとことってところで、想像できねぇ」


 こちらへ振り向くなり、ぴしゃりと断言する副長。


 そもそも、そこじゃないと思います。


 だが・・・。まぁ、そっち系の二次創作あたりでだったらありかもしれないが。


 いや、やはりそこでもないよな。


 それにしても、歯まで鍛えているとは・・・。

 異世界転生で、なんでもかみちぎるようなモンスターでもやっていたのであろう。


 そんなこんなで、あゆんでいるうちに、せせらぎがきこえてきた。


 おお、多摩川である。到着したのは、河川敷。


 ずいぶんと、葦が生い茂っている。副長は、迷わず進んでゆく。人が一人、通れるほどの道ができている。きっと、このあたりの人が通っているのであろう。


 うわーっ!


 葦が途切れると、そこに多摩川がひろがっている。頭上でも水面でも、月と星々が光り輝いている。


 葦の揺れるさわさわという音が、耳に心地いい。対岸がぼーっとみえる。そちらには、灯りらしきものはみえない。


「どうだ。きれいだろう?昔は、なんかあったらすぐにここにきて、石を投げたもんだ」

「悪さして逃げたときのまちあわせ場所も、ここだった」


 副長の言葉につづいて、原田がそういってにんまり笑う。


「ここも、あいかわらずだな。かわらないもんは、いつまで経ってもかわらないもんだ」

「新八さんでも、しんみりすることがあるのですね」

「まあな、斎藤。日野ここにきて、昔のことばかり思いだしちまう」


 副長も永倉も原田も斎藤も、多摩川の流れをじっとみつめている。


 数年前、ここに立っていた半分はここにいない。


 立っていたはずの山南と井上は、残念ながら死んでしまった。だが、沖田と藤堂は生きている。

 それが慰めになるわけではない。山南にしろ井上にしろ、死んではならなかったのである。


「死んだり別れたりした仲間もいるが、出会った仲間もいる。そうであろう?」


 副長が、こちらを向いて静かにいう。


 水際に、七人で並び立つ。


 気がつけば、微風がやみ、葦の揺れる音もなくなっている。そのかわりに、川のせせらぎが精神こころを癒してくれる。


「甲州での戦から江戸へ逃げかえり、永倉先生と原田先生が去ったのち、新撰組は流山にむかいます。そこで敵軍に包囲され、局長が一人、投降されるのです」


 自然と、それが口からでていた。

 みな、無言のままきいている。


「そして、そのまま・・・」

「切腹か?」


 副長のあまりにも冷静な問いに、どきりとしてしまう。


「いいえ。切腹ではありません。斬首です」


 組長たちが、なにかいいかける。が、いつもなら一番に怒鳴り散らす副長が、無言のままである。ゆえに、口をとじてしまった。


「これが先夜、いいだせなかったことです」


 沈黙が痛い。痛すぎて、いまにもこの場にくずおれてしまいそうだ。


 いったい、どれだけ川のせせらぎと、月や星々の光のなかに身をゆだねていただであろう。


「すまなかったな、主計。いいにくいことをいわせちまった。それに、これまでずっとそのことで悩んでたんだろう?そのことも、詫びておく。否、礼をいう」


 副長は、いったん口をつぐむ。それから、相貌かおをこちらに向けて指を振り、俊春の注意をひく。


「俊冬、俊春。おまえらも同様だ。気をもませているな。すまない」


 双子もおれも、なんとこたえていいのかわからず、無言でいるしかない。


 そのとき、副長がしゃがみこんだ。ショックのあまり、倒れたのかと思った。組長たちも同様に、ぎょっとして副長をみおろしている。


「くそったれ。斬首だ?かっちゃんは、まがりなりにも武士だぞ。それをなにゆえ、斬首なんぞに・・・。かっちゃんは、たいしたことはしていねぇ。新撰組うちを率い、采配してきたのはおれだ。それを、なにゆえ・・・。なにゆえだ・・・」


 石ころまじりの地に片膝をつけ、面を伏せてつぶやく副長。その悔しそうな泣き声が、川のせせらぎと同化して流れてゆく。


 言葉にこそださないものの、組長たちも声を殺して悔し泣きしている。


「もしかすると、気づかれているかもしれません。すみません。おれがわかりやすいお蔭で、局長は悟られたかも・・・」


 そうだとしたら?局長は、運命さだめから逃れるだろうか。新撰組ここから、戦から、表舞台から、去ってくれるだろうか。


「たとえ真実を、運命さだめをしろうと、かっちゃんは逃げるようなことはしない。だからこそ、だ。主計、おまえが気にする必要はねぇ」


 副長は立ち上がりつつ、「取り乱してすまなかった」とつぶやく。


「このことに関しちゃ、しばらく考えさせてくれ。わかってるな。だれも動くんじゃねぇ」


 そのめいに、組長たちがまた口を開きかける。


 が、それを許さぬオーラを、副長が発している。


 組長たちも、それを閉じるよりほかない。

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