使命とは・・・
双子は、どちらもポーカーフェイスを保っている。が、心中は穏やかではないのかもしれない。
二人の心のなかがざわめいているのを、肌で感じることができる。
「だが、悪くない。そういうのは大好きだ。そう警戒するな。わたしは、他人とちがう。おまえたちとおなじだ」
相棒の頭をがしがしと撫で、軽快に立ち上がる。
「さきほどの問いに答えがなかったから、かわりにこたえてみよう。俊冬と俊春は、自身の使命に向かっている。それを果たすために、ここにやってきた」
かれの掌が、おれの肩を叩く。
「すまなかったな、無理矢理送らせてしまって。ちょっと話がしたかったのだ。ここまでで充分だ。ここは、勝手しったるわたしの国だからな。ちいさなちいさな国だ。「バラガキ」が、勝太や新八や左之や一以外に良い仲間を得、おおきな国で思う存分「バラガキ」をやっているってことをしって、安堵した」
呆然とするおれたちを残し、道をあゆみはじめる為次郎。
「おっと、かんじんなことを忘れていた。三人とも、「バラガキ」を助けてくれてありがとう。心から感謝している」
くるりとこちらへ向き直り、深々と頭を下げる。
「俊冬、俊春。その使命のために、死ぬんじゃないぞ。使命のさきもみてくれ。それで、あゆみつづけてくれ。それがすべてじゃないからな。まっ、盲の戯言。精神の片隅にでも置いといてくれ。でなきゃ、兼定も悲しむ。のう、兼定。では、おやすみ」
そして、軽快に去っていった。
相棒も、その背をじっとみつめている。
しばらくの間、おれたちもまた為次郎が去っていった道を眺めていた。
どこからかまた、ミミズクか梟かの声がきこえてきたタイミングで、無言のままきた道をあゆみだす。
「あなたたちは、いったい何者なのです?」
まえをゆく二人に尋ねてみる。
同時に、そのあゆみがとまる。そして、二人が半身だけこちらへ向ける。
「獣、否、犬だ。わかっていよう?」
月明かりの下、俊冬はさみしげな笑みとともに答える。
「使命って?あなたたちは、なんのためにいるのです?」
「人間を殺るため。そのためにいる」
俊春の、そらぞらしいまでの答え。
「ごまかさないでください。そもそも、あなたたちは・・・」
俊冬と俊春の半面をみつめる。
なにゆえか、以前、たしかにおなじようなシチュエーションがあったような錯覚を抱いてしまう。
デジャブー・・・?
「われらは敵ではない。それで充分ではないのか、主計?われらは犬で、いまは土方歳三という人間に飼われている。それ以上でも以下でもない」
俊冬がいい、双子はまえにむきなおるとまたあゆみだす。
それ以上は、なにもいえなかった。きけなかった。
双子は、あきらかになにかを隠している。その隠されたなにかをしることが、怖いのかもしれない。
おれをみあげている相棒。例の違和感のある瞳。これもまた、その恐怖を増大させているのかもしれない。
「それで、兄弟喧嘩はしまいですか?」
苛立ちと腹立ちまぎれに、二つの背に投げつける。
背格好、雰囲気は似ている。二卵性でも双子ときかされているから、これまでどことなく似ていると思っていたし、納得できるところも多々あった。
あくまでも、双子ときかされていたからである。
だが、きかされていなかったらどうであろう。
はたして、双子だとちらりとでも考えたであろうか。
いや、せいぜい兄弟くらいだろう。
しかし、双子と嘘をつく理由も意味もない。なんの益になる?
「兄弟喧嘩?ああ、この馬鹿のことか?喧嘩などではない。この馬鹿の馬鹿さ加減に、わたしが大人げなくもキレてしまっただけのこと。それよりも、主計。われらのことで気をもむ必要はない。おぬしには、われらのことよりも考えねばならぬことがあろう?」
俊冬は俊春の右掌をつまみあげ、二の腕の裏側と右掌を、拳で殴り飛ばす。
そのいわれのない暴力に、無言のまま眉間に皺をよせる俊春。
俊冬は、なにごともなかったかのようにまたあゆみだす。
「なんてことするんです、俊冬殿。大丈夫ですか、俊春殿?」
「わたしは、痛みに強いのだ」
「いや、そういう問題じゃないでしょう?」
あきれ返ってしまう。
それは兎も角、たしかに、俊冬のいうとおりである。
心を砕かねばならぬことは多々ある。そう、多々あるのである。
かれらのことは、いまは最優先事項ではない。
しばらくあるいていると、前方からいくつかの人影がこちらへむかってくるのが、双子越しにみえる。
その気から、副長と永倉、原田に斎藤だということがわかる。
おなじように灯火ももたず、ぶらぶらといった感じでむかってくる。
先夜の件で話をしたがっている、と直感する。
「ずいぶんとはやかったな」
むこうもこちらに気がついたらしい。副長がそうきいてくる。
「途中で、ここまででいいとおっしゃいましたので」
如才なく応じる俊冬。
謎を残す問いかけをされたことなど、なかったかのように。
もっとも、残したのはおれだけだが。
為次郎も、この夜のおれたちとのやりとりを、だれにも告げることはないはず。
副長たちと合流する。
このあたりは、畑や田んぼばかり。民家は、ちらほらみえるだけである。
「みせたいもんがある。ついてこい」
有無をいわせず、副長はさっさとあぜ道へと入ってゆく。
「俊春、傷は?」
「斎藤先生。案じていただき、ありがとうございます。主計のおかげで、大事ありません」
斎藤が俊春と肩を並べ、小声できいている。
こういうこともそうだ。斎藤は、このなかでは最年少のはず。その斎藤からみても、俊春は俊冬よりもずっと年少に思えるのだろう。
「俊冬、ちかすぎる。新八からはなれろ」
「左之っ!しつこすぎるぞ」
俊冬と肩を並べた永倉の背に、原田が面白がって声をかける。
「おい、俊冬。おまえから、なんとかいってくれ。あのときのことを、おれは一生いわれそうだ」
永倉は、相貌を俊冬に向けて訴える。
「永倉先生。じつは、あれで歯が折れてしまいました」
「な、なんだって?おいおい・・・。まさか、瞳までってことはないだろうな?くそっ、頭は殴らなかったつもりだが」
いまさら暴露する俊冬。
うしろからみていると、永倉をみるかれの半面に、やわらかい笑みが浮かんでいる。
それにしても、永倉は、あのとき逆上していたにもかかわらず、頭部を殴れば尋常でない被害を与えることがわかっていたのか。
「瞳?ああ、どこかの馬鹿のようにやわではございません。歯も、鉄を噛んで鍛えておりますが、永倉先生の拳の連打には耐えきれなかったようですな」
さわやかな笑みとともに、こちらをふりかえる。
途端に、どこかの馬鹿がしょぼんとする。
「まて、俊冬。歯を鍛える?なんのためだ?」
さわやかな笑みでは負けてはいない。斎藤が尋ねると、さらにさわやかな笑みが俊冬の相貌にきらめく。
月光の下、その笑みは怖すぎるほどのさわやかさである。




