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shooting stars

「右の・・・。右のが・・・」


 俊春は、右掌で右をおおう。


 あの爆発は、俊春の音を奪っただけではなかったのか・・・。


 俊春は、ぽつりぽつりと語る。


 爆風で吹っ飛び、受け身をとったが地面に頭から落ちてしまった。たしかに、その直後は耳がきこえないことだけが症状としてあらわれていた。


 そのあと、大坂城まであるいている最中、右の視界がおかしいことに気がついた。右瞳それの、右側のすみが黒くなっているのだ。

 そして、じょじょにその黒い幕の範囲がひろがり、ついに・・・。


「網膜剥離・・・。網膜剥離ですよ」


 それは、まれにボクサーがなることでしられている。

 頭部に強い衝撃を与えられたりすると、眼球の内側にある網膜が剥離してしまうのである。あとは、糖尿病からなることもある。


 これだけの症状なら、治すには手術しかない。眼球内にガスを注入し、剥離している網膜をくっつけるのである。ゆえに、手術後、患者はしばらくの間うつむいてすごさねばならない。ほかにも、シリコンを入れる方法などもあったはず。


 いずれにしても、いまここでどうにかできるものではない。


 田村のもつ提灯を借りると、俊春のまえに両膝をつく。それを、俊春の右眼前にかざす。


「触れるな。お主の掌がわたしの血で穢れる」


 血まみれの掌をつかもうとすると、すかさずいってきた。


「馬鹿なことをいわないでください」


 このときばかりは、ぴしゃりといい返す。

 馬鹿げた表現だと、心底むかつく。


 まだなにかいいかける俊春の相貌かおから、無理矢理掌をひきはがす。相貌かおの右半分が、掌の傷の血でまみれまくっている。



 光が充分ではないのでわかりにくいが、たしかに、右()の瞳孔に反応がない。


 俊春の左のが、おれの両()をみている。ドキッとするほど、悲しみに満ちている。


 こんなときまで、おれを気遣っている。おれがしってしまって気にすることを、心底悲しんでいる・・・。


 かれの右腕の傷は、熊を殺すのに躊躇して逆に攻撃され、それを避けることができなかったのだ。


 俊冬は、それを悟った。確かめるために真剣での勝負を挑み、わざと左からの攻撃に徹した。そして、最後の右側の攻撃。


 みえていれば、指の間にはさめたはずの攻撃・・・。


 俊春は、それができなかった。みえないからである。掌をつかって防御するのが、精一杯だった。


 俊春の左()から、自分の両()そらす。みていられない、というのが本音である。


「主計、これをつかえ。灯りはおれがもつ」


 永倉が手拭いをさしだしてき、それをうけとるのと同時に提灯を託した。


 俊冬のものである血まみれの手拭いをとると、「関の孫六」によってばっくりと裂けた傷口から、とめどなく血がでつづけている。


 うまく骨と骨の間を刺し貫いている。いや、刺し貫かせている。

 みえずとも、最小限の被害になるようにおさえている。


 怖ろしいまでの感覚センスである。


 腕をすこし上げさせ、掌首を握って止血点圧迫で止血する。


 俊春の視線を感じつつ、集中しろと自分にいいきかせる。


 相棒がちかづこうと、綱をひっぱっている。市村が、それを必死におさえている。


 子どもらには、狂犬病の話をしておいた。市村はそれを覚えていて、相棒を俊春にちかづけてはいけないとがんばっている。


「兼定、お座り」


 ついに、そのように指示をだす。それに従う相棒。

 ハンドリングもずいぶんうまくなっている。


 出血の勢いが弱まっている。左斜めうしろに視線を向けると、副長がこちらをみている。その掌はまだ俊冬の肩上にあり、俊冬はあらぬ方向をみていながら、心配がマックスな状態であることがうかがえる。


『兄貴は大変だなって思っちまう』


 このまえの副長の言葉に、心から同意したい。


「おい、酒をもってきたぞ」


 原田が駆けてきた。消毒用の酒をとりにいってくれたのだ。みな、気配り上手である。


「これを提灯の火にかざして焼いてくれ。傷口を焼いたほうがてっとりばやい」


 俊春が、道着の懐からとりいだしたのは棒手裏剣である。


 これって、将軍慶喜の手裏剣では?


「傷を焼くためにいただいたもの」


 それをよんだのか、俊春がつぶやいた。


「焼くって・・・。さっきもそうでしたよね?いつも焼いてるんですか?」

「縫うより確実だ」

「はあ・・・」


 受け取ろうとすると、横から四本しか指のない掌がでてきて、棒手裏剣をかっさらってしまった。


 俊冬は、むすっとした表情かおで永倉の提灯の火袋をはがすと、あらわれた蝋燭の灯に棒手裏剣を丹念にかざした。

 もう片方の掌で原田から酒瓶を受け取り、口に含んでから俊春の傷にふきかける。


「斎藤、餓鬼どもを連れてゆけ。餓鬼ども。双子先生が大丈夫だってこと、わかったであろう?母屋へいって、饅頭かなんかもらって喰ってろ」

「承知。さぁみな、ゆくぞ。兼定も、ともに・・・」

「いえ、まだお礼を申しておりません。先生の手当てがおわるまでまちます」

「泰助、いいかげんに・・・。くそっ!頑固なとこは、叔父貴にそっくりじゃねぇか、ええ?」

「たしかに。源さん、頑固すぎだろうってな」


 副長と原田が苦笑した。


「あ、みて」


 子どもたちのだれかが、夜空を指さした。


「光る玉が駆けてる」


 田村がうれしそうに叫ぶと、みな、「駆けてる」「駆けてる」とおおはしゃぎしだした。


 大人も夜空をみあげた。


 一つ目につづき、二つ目の流れ星が、天空を駆けている。


 そのとき、耳が「ジュッ」という音をとらえた。つづいて、鼻が肉が焼けるにおいをとらえた。


「流れ星だ。よくないことの徴っていうこともあるみたいだけどな。流れ星が空を駆けている間に、心のなかで願いごとを三回唱えると、かなうって伝承もある」


 教えてやりながら、視界のすみで俊冬が俊春の傷に熱した棒手裏剣をあてているのを確認した。


 子どもらにみせぬよう、俊冬がこのタイミングでおこなったのだ。


「うわー、すごかったね」

「うん。流れ星か」

「願いごとを三回も、唱えられないよね」


 子どもたちは、わいわいと騒いでいる。


「よし、手当はおわった。餓鬼ども、はやく双子先生にお礼をいえ」


 副長も、気がついていたのだ。


 俊春の掌には、永倉の手拭いがしっかりと巻かれている。


「双子先生」


 子どもたちは、われさきに双子に群がった。


 俊冬もわだかまりがあったとしても、いまは笑顔で子どもらに抱きつかれて・・・。


 って、みんな、こんなにでかかったか?


 いや・・・。小柄な双子と並んでいるからだ。うん、きっとそうだ。

 ってか、ということは、おれは俊冬とおなじくらいのタッパなわけで・・・。


「なんか、餓鬼どもでかくなってないか?おれのがおかしいのか?ああ、提灯の灯が一つなくなったからな」

「いえ、新八さん。新八さんののせいでも灯のせいでもありませんよ。たしかに、でかくなっています。新八さんと主計より、でかくなっているんじゃないでしょうか?」

「おまえにいわれたかないよ、斎藤っ!」

「斎藤先生にいわれたくないですよっ!」


 斎藤があまりにもさわやかな笑顔でいうものだから、永倉と二人でツッコんでしまった。


「すまなかったな、みんな。さきほどの試合は、じつにまずかった。みなには、剣術の愉しさを伝えねばならぬのに・・・」

「わかっています。充分に教えていただきました。これから将来さき、双子先生のように愉しく剣術をつづけます。双子先生のようになれなくっても、叔父上はこえたいと思っています」


 泰助の宣言に、俊冬は幾度も頷いている。


「ああ。きっとこえられる。きっとな。叔父上も、み護ってくださる」


 俊冬は、左腰の「関の孫六」の鞘をさりげなくさすっている。


 それは、井上にとどめをさした得物なのだ。 

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